三月うさぎのアフタヌーンメモリーズ

第8話 ページ8

貴女side

『あ、珈琲飲む？いま淹れるね』

…大好きだったマスターの珈琲

持ってきた水筒を取り出し、
水筒の蓋の部分のコップに注ぐ

…淹れたのは私だけど
豆はマスターの所の

『えっと…今はお昼時だから、
砂糖とミルクを少しだよね』

…朝はブラック
…昼は疲れてたりするから、少し甘めで

『ふふっ、ちゃんと覚えてたよ、偉いでしょ』

ふわりと珈琲のいい香りがした

『慣れって凄いね』
『記憶は消えていってしまうけど、
体は自然に覚えていて…気がつけばやっていて』

『私、まだ沢山料理作っちゃう癖、治らないんだ。いつも余らせちゃうの』

…だめだね、私って

『でもね、最近は拓也さんが全部食べてくれるんだ。深夜でも、朝でも、綺麗に食べてくれるの』

…野菜が苦手なのは貴方と似てるね

『あっ、ミルフィーユも作ってきたよ』

…彼が大好きなケーキ
…店の看板メニューにするくらいのケーキ

見た目は普通 飾りげも派手さもない

『それでもいつも美味しいって
食べてくれたよね』

…ありがとう

そっと彼の前に置く

ちょっとした少しばかりの午後のティータイム

『手紙、みたよ』

心配性な彼のことだから、私のことを思って
いつ書いたか分からない手紙

『…私だけ幸せになんてなれないよ』

ふわふわとたつ湯気を見つめる

『…って思ってた』

『ねぇ、でも、もういいかな』

すーっと息を吸えば、金木犀と線香の香り

『もう、待つことはやめてもいいかな』

『…私ね』

『…私、幸せになるね』


貴方の分も、そして誰よりもきっと

これから先、関係がどうなるかは分からない
それでも、前を向けるきっかけになったことは変わりないから

『いつも見守ってくれてありがとう』

もう、大丈夫だよ
もう、心配しなくていいよ

『…ねぇミルフィーユの意味、知ってる？』

『千枚の葉って意味だよ』

…まるで、今みたいな景色だね

ひらひらと秋風に舞って散っていく落ち葉達
彼との思い出をのせて落ちていくように───

あなたと過ごした時間を
忘れることなんて出来なくて
あなたを愛したことを
無くすことなんて出来なくて

…こんな私を貴方は笑うかな？

止まってしまった時間は
戻すことも進むことも出来ないから
だからせめて思い出として残しておきたくて

スっと立ち上がる

…これが本当に最後で。
…これが私のけじめで。

さよならなんて言わない

…じゃあ、せめて

『…いってきます』

幸せに向けての第1歩
これが私の新しいスタート───

第9話→←第7話

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す