三月うさぎのアフタヌーンメモリーズ

第17話 ページ17

『ここ…』

チリリリーン

いつもの音
聞き慣れた音

そして、いつもの席

｢マスター！俺忘れてた！｣

｢おや、江口さん、いらっしゃいませ｣

座り慣れたいつもの席に彼女と座る
…勿論、あの空白の席はちゃんとつめて座る

俺が告白した日から
彼女はもう“あのこと”はしなくなった
まだ少し雨を怖がっているけど、
まだ少し彼を忘れることは出来ないけど
彼女なりに1歩1歩進んでいた

『…江口さん、忘れてたって？』

ずっと不思議な顔をして着いてきた彼女

…そりゃそうだよね

だってだいぶ前で
俺とマスターの約束だもん

｢あのね、雫に飲ませたいカクテルがあって｣

それを聞いたマスターが、
ああ、成程って顔をした
どうやら、思い出したみたい

お二つで宜しいですか？と尋ねるマスターに
俺は元気よくピースサインをして頷く
そして、未だに理解していない彼女

『…カクテル？』

｢そそ、カクテル｣

…ずっと忘れてた

彼女に対して思いを伝えようって決めた時
…マスターが背中を押してくれたあの日

｢お待たせいたしました｣

そう、マスターは俺と彼女のコースターの上にグラスを置く

｢…この季節限定のメニューです｣

そう言って妖艶で素敵な笑顔で微笑むマスター

『…わぁ〜！！綺麗』

…彼女に飲ませたかったカクテル
…マスターが、2人でまた来てくださいって
言ってくれたカクテル

綺麗な薄いオレンジっぽい色に輝く液体
…あ、前と少しアレンジしてある
流石マスター…

｢ねね、飲んでみて｣

『良いんですか？…じゃあ』

いただきますと言って口をつける彼女

『…これって…』

｢どう？｣

『…金木犀フレーバー？』

｢そう！金木犀のリキュール入りのカクテル！｣

マスターが新作にって
だいぶ昔に俺に試飲させてくれたやつ

君に飲ませたくて
いつかは2人で飲もうって決めてたカクテル


『…すごく美味しい』

そう言って微笑む彼女は
店の照明も相まって…
それはそれは綺麗で妖艶な笑顔だった

…思わずゴクリと唾を飲み込んだくらいに

｢…そ、っか、喜んでくれてよかった｣

『うん、凄い嬉しい、ありがとう』

そんな喜んでくれた彼女に
そっとマスターが
｢天宮さんをイメージして作りました｣
なんて言うから、なんだか横取りされた気分

｢いや、待って、マスター！
俺が試飲したよね！？｣
｢でも作ったのは私ですよ｣
｢いやいや、ずるいでしょ！｣

そんな会話を彼女がクスクスと笑っていた

…忘れなくてよかった

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