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確かに私はここの住人ではない。この世界の人ではない。
絶対私には誰かが周りにいて、それで暖かい家族がいたはずなのに思い出せる範疇が自分の名前と年齢しか分からなかった。
「にげ、なきゃ」
自分の脳内に警笛が鳴り響く。ここにいたら何か全てを大切な記憶でさえも簡単に消えてしまうかもしれない。恐怖になりながらも着物の裾を掴んで私は障子扉を勢いよく開けて木渡の廊下を早歩きで駆け抜けた。
違う、絶対。だって私は…センラさんとは一緒に、いなくて。
ガラスの破片が飛び散ったかのように記憶がどんどん消えていっている気がする。走っているから息も乱れるし呼吸さえ難しくなる。
あともう少しで扉の入口までに辿り着く。そうしたらあの桜の木に
「__A?」
後方から呼び止められ自分の動いていた足はピタリと歩みを止めてしまった。馴染みのある声の筈なのにその声が今では固唾を飲むほど恐怖が身に染みている
振り返れない。振り返ることすら出来ない。足が竦んで動けと命令しても動けない。
「A?どうしましたか?具合が宜しくなさそうですけど…」
「…っやめて!!」
あまりにも怖くなり思わずその場にしゃがみこんでしまった。別にそんなことをしたって今の状況が変わる訳でもない。
けど、今のセンラさんが怖くて。その優しさだって真実じゃない気がして無意識に拒否してしまっていた。
「…記憶がないんです。いつの間にかっ、ここ以外の記憶をってしまったんです」
「だから…ここが嫌になってしまったんですか?」
「私自身が嫌なんです。憎いんです。あまりにも簡単に自分の大切なものを失ってしまった自分が嫌で嫌で堪らないんですっ…」
怖い。センラさんも恐怖の一部だった。
けど何より一番嫌なのは自分自身の劣等さ、醜さ、凡人過ぎて情けなくてそれに嫌気が増していく。誰も信用出来なくて自分すら信用できないままで人生の中で必要とされるのかどうかすら分からない。
「だからもう触らないで、くださいっ…センラさんまで傷つけたくないから。私はもう生きている価値なんて」
「A」
言葉を遮るように横に並んできたセンラさんは私の背中に手を当ててゆっくりと摩ってきた。涙が溢れながら横に視線を移すとはんなりとした眩い美しさがそこにはあった
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夜紅茶(プロフ) - Naoさん» コメントありがとうございます!そんな前から見ていただいて嬉しいです!気長に続編を待っていただければ幸いです。 (2020年10月4日 19時) (レス) id: 676346443e (このIDを非表示/違反報告)
Nao(プロフ) - この小説が書かれだした頃から見ているのですが夜紅茶さんの言葉選びは凄く人を惹きつけるもので素晴らしいと思います!続き待ってます!楽しみです! (2020年10月4日 18時) (レス) id: b92cb2f456 (このIDを非表示/違反報告)
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