手のひらの上でサンバを踊るな【あんスタ】

一人目のプロデューサー ページ49

「なんだ？」



あらかじめ用意していた書類を差し出しながら問えば、英智はいつもの笑みすら浮かべずこちらを真っ直ぐ見つめていた。


「あの子に自覚を持たせないで。全部忘れさせたままでいて。頼むから」


理由を聞きかけ、口を噤んだ。これ以上はいけないと思ったからだ。
何故と問われれば「幼馴染の勘」としか言いようがないが、これ以上彼の内側に踏み込んではならないと本能が告げていた。




「……嗚呼、約束しよう」



＊




「くそっ……なんなんだよリーダーも星見も！」



一方、スタプロ事務所の廊下にて。
そう悪態をつくのは先日A企画のライブで成功したユニットの副リーダーだ。



「皆チヤホヤしてるけどどう考えてもアイツあんずのパクったんだろ！お前もそう思わねぇ？！」
「あーまぁ、確かに……？」



親の七光りでここまできたくせに！恵まれた環境で何の苦労もしていないくせに！
と、家庭環境に恵まれず奨学制度を利用して夢ノ咲に入学し、革命により苦渋を舐めてきた彼はたいそうご立腹だった。

実際、夢ノ咲に在籍していたアイドル達には企画云々を抜きにしてもそう言った理由でAを嫌う者は多く、特に彼はその代表格である。



「いいよなぁ星見のお嬢様は！金もあるだろうし情報も盗み放題なんだろ！」



星見の貯蓄は多額の借金と治療費にほとんど消えているわけだが、そんな事情は知る由もない彼は後輩達に引かれていることにも気づかず続けようとする。が、


「違うよ」


凛とした声がそれを遮った。例えるなら雪間に咲いた花のように美しく、それでいて強かさを感じさせる声だった。
その声を夢ノ咲アイドル科で知らない者はいないだろう。



「あんず？！いや違うって何。この前の企画お前のなんだろ？」
「ううん、違うの。あれは星見ちゃんの、星見ちゃん自身が考えた企画」



本人からの全否定に気まずそうにする彼のことは気にも留めず、今度はあんずが続ける番だった。



「あの子はちゃんとプロデューサーだよ。みんなが思うような七光りじゃない、ちゃんとした」



そう言う彼女は笑顔のはずだ。笑っているはずだ。
それなのに、その目がどこか悲しそうに見えるのは何故だろう。







「あの子は凄いんだ……私が先輩面する必要ないぐらい、同じ歩幅で歩けるか不安になるぐらい」



呟くように零した彼女の言葉は、誰にも拾われることなくESの喧騒の中に消えていった。

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