小悪魔な君と自称天使な私【桐嶋郁弥】

想い（1） ページ33

「どっちがキスしたとか…関係ある？」

「えっ？」

思ってもみなかったセリフに、言葉が出てこない。

さっきまではちょうど良いと思っていた風の温度が、一気に低くなった気がして、身をすくめた。

菜穂の瞳は未だ真剣な色をしていて、耐えきれなくなった私は、思わずふいっと視線を逸らしてしまう。

「誰とキスしようが、変わんないじゃん。

大切なのはAの気持ちでしょ」

黙ってしまった私に言い聞かせるように菜穂が言った。

「私の…気持ち？」

「うん。

確かにファーストキスは重要だけど…

好きな人とじゃなきゃ、意味ないでしょ？」

キスなんて関係ないんだよ、と菜穂はにっこり笑いながら言った。

私の、好きな…人。

私、私は…

小さい頃、ひーちゃんが好きで、

でもその思いを伝えることはできなくて…

そのまま年月が経って、桐嶋くんが気になり始めた、その時

ひーちゃんと再開した。

「わかんないよ…。

最後に人を好きになったのなんて、ずっと前だし…」

あぁ、考えがまとまらない。

自分の気持ちがわからない。

私が好きなのはどっち？

どうすればいいの…？

じんわりと浮かんできた涙を隠すようにそっと俯いた。

そのまま少し静かな時間が続いて、ようやく菜穂の声がした。

「…恋してる時ってさ、ふとした瞬間に相手のこと思い出しちゃうんだよね」

聞こえてきた声に思わず顔を上げると、優しく微笑んでいる菜穂がいた。

「帰りに一人で電車乗ってる時とか、授業中、ぼーっとしてる時とか…

私にとって、相模がそうだもん。

…ねぇ、Aにもそういう人、いるでしょ？」

私がよく思い出す人…。

ふとした瞬間、顔が浮かんでくるのは…

『A＿＿＿』

急に名前を呼ばれたような気がして、思わず目を見開いた。

そんなの……決まってる。

「…菜穂、ありがとう。

菜穂のお陰で好きな人わかった。

私…伝えなきゃいけないこと、あった」

聞き慣れたメロディが屋上まで響き渡った。

ちょうど五時間目終了の鐘が鳴ったのがわかり、私は迷わずに駆けだした。

「うん、行ってらっしゃい！

六時間目も保健室にいることにしとくから！」

後ろで声を張り上げる菜穂に、ありがとう！、と軽く手を振りながら全速力で走る。

3年の教室からワンフロア下の…2年生の教室に。

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