【32】 ページ32
*Side:宏光*
あれから、あっという間に季節は巡って…
さっきから病院の狭い廊下を行ったり来たり。
「少し落ち着きなさい。もうすぐ、お父さんになるんでしょ?」
付き添ってくれた桃子先生に注意される。
「でもさ…」
もうずっとだよ?
「愛未ちゃんだって、頑張ってるから。」
扉一枚隔てた向こう側から、愛未の苦痛に呻く声が絶えず聞こえる。
それは新しい命を誕生させるためだとわかってはいても、何となく落ち着かない。
どうか…
どうか無事に生まれてきてほしい…。
そう願うことしかできない俺は、この世で一番無力な奴に思えた。
*
どのくらい、時が過ぎたのだろう。
『み…つくん…、みつくんっ!!』
絶叫に近い声で愛未が俺を呼んだ。
「愛未っ!愛未!!」
思わず立ち上がり、開かない扉をこじ開けようと手を伸ばす。
・・・・・!?
“ほんぎゃぁ〜ほんぎゃぁ〜”
泣き声?
「うまれた?」
「宏光、愛未ちゃん頑張ったわよ。」
ほっとして身体中の力が抜けそうだった。
*
「愛未、お疲れ様…。」
「みつくん…。」
「よく頑張ったな、ありがとう。」
「可愛い女の子だよ。ほら…。」
俺が生まれた時…
俺の両親もこんな気持ちになったかな?
俺の誕生をこんな風に喜んでくれたかな?
「みつくん?どうしたの?」
「ごめん、なんていうか…その…。」
目の前の小さな命がとても愛おしくて…
言葉では言い表せない…。
「ふふっ…。パパは泣き虫さんだねー。」
その小さな命の誕生が嬉しくて…
「男だって、泣く時は泣くんだよ。」
すっげー嬉しくて…
自然と涙がこぼれた。
「ほら…もっと近くで見てあげて。」
「はじめまして…。パパだよ…。」
すやすやと眠る、愛おしい姿。
愛…
絆…
優しさ…
その全てが紡がれて…
今日、キミはこの世に誕生したんだ。
「みつくん、名前。いつまでもチビちゃんじゃ可哀想。」
「あ、そうだね。」
生まれてくる子が女の子ってわかってから、2人で色んな名前を考えた。
“名前はみつくんが決めてね。”
“いいの?じゃあ、顔を見て決めるわ。”
キミがこの世に生まれて、初めてのプレゼント。
「キミの名前は“つむぎ”だよ。」
キミの名前は、紬(つむぎ)。
パパとママが紡いできた
愛や…
絆や…
優しさを…
今度はキミと一緒に紡いでいきたいから…。
そんな願いを込めて、この名前を送るよ。
-紬-
生まれてきてくれて、ありがとう。
パパは、ママと紬を全力で守るよ。
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作者名:浅緋 | 作成日時:2017年1月28日 0時