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彼は、一歩、また一歩、私に歩み寄ってくる。覚束無い足元で髪の毛が左右に揺れ動き、リビングからの逆光で瞳にハイライトが宿らない。
頭がぐちゃぐちゃになっていく。恐怖で考えがまとまらない。空気が薄くなっていくような気がして、何度も浅く呼吸を重ねた。立ち上がろうにも手足に力が入らず、しゃがみ込んだまま後退りするのが精一杯だった。
私が一歩下がり、彼が一歩進む。そうこうして、また玄関近くまで逆戻り。
今ここで後ろを振り返り、脇目も振らず逃げ出せば助かるのだろう。でも、私はどこに逃げればいい？しにがみさんも、恐らくあの二人ももう頼れない。警察に出向いて、あるいは友人に、でも道中でまた捕まるかもしれない。一秒後に彼が何をしでかすのか分からないのに、そんな事出来るのか、本当に？
「やだなぁ、そんな怖い顔しないでくださいよ。無礼なやつでも居ましたか？大丈夫、僕がずっとお傍に居ますから」
彼は目の前にしゃがみこむと、私と目線を合わせてきた。目線はぴったり直線上。そのはずなのに、威圧感は先程と同程度、もしくはそれ以上に感じられる。黄色いパーカーが視界の端に移り、私に何度も警鐘を鳴らした。
「離れてようやく分かったんです！やっぱり僕には女神様がいないと…。僕、これからの人生全て、女神様に捧げます。貴方と、ずっと、一緒に」
リビングからの光は、目の前の男にはもう届かない。頬も、耳も、手も足も真っ赤に染めて、その恍惚とした表情だけが私の視界の中で輝いている。
「だから……」
彼がこちらに手を伸ばしてくる。跳ね除けたい思いがあるのに、それすら指先に伝わらない。
「俺を、貴方の信者にしてください…！！」
伸びきらない肘の先で、体温がそっと頬を撫でた。
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作者名：えん | 作成日時：2024年2月27日 15時
