チャンスもピンチも手遅れだ ページ18
心臓をバクバクとさせながら彼を待っている。
「あ」
ズラした棚を元に戻しながら、伊沢くんが持ち込んだものはいつでも渡せるようにまとめていたのを思い出したのだ。それはパジャマとか、Tシャツとか、読みかけの小説とか、意味があるのかすらわからないノートの切れ端とか、そういうものばかりだと思っていたけれど、探せば黒いバインダーもすぐに見つかった。
『え、ほんと?あった??』
『ありがとうすぐ行く』
この連絡が来てから、心臓が高鳴ってしょうがないのだ。
彼は、わたしにあからさまに避けられてどう思っているんだろう。文句のひとつやふたつ言われても言い返せないな。無理に次の約束を取り付けられてしまうかもしれない。でも、好きだった、仕事にまっすぐな彼を見られるかも。
でも、きっと、どうであれ。
まずは、安心しきった優しい顔で感謝を伝えてくれるんだろうな。
「本当にありがとう、助かった」
このセリフを言う彼の顔が目に浮かぶ。
そんなことをぼんやり考えながら、スマホに映った自分の前髪をすこし気にして。心臓は相変わらず高鳴らせたまま、彼のことを待った。
ピンポーン
チャイムが鳴って、わたしは相手が誰かの確認もせずに玄関で飛ぶように向かった。バインダーと、その他の彼の荷物をまとめて持っていく。
会える喜びすら感じていたけれど、抱えたもの全てを渡してしまってこれがなくなったら、もう完全にわたしの家に用が無くなるんだろうな。
これは最後のチャンスで、最後のピンチだ。
「え」
でも、考えすぎて躊躇っちゃダメだと思って、ノブに手をかけてからノンストップで勢いよく扉を開く。……すると、そこにいたのは思い描いていた彼よりも背の低い男の人だった。わたしもだいぶ驚いた自信があるが、彼も目を丸くしていた。
「あ、え……?あ!伊沢さんの彼女さん?」
「いえ、あー……えーと、その、」
すこし冷静になってみれば、会ったことのあるQuizKnockの方だった。伊沢くんからなにを聞いてここに来たんだろうか。なんだか、勢いよく飛び出したことよりもわたしが出てきたことに対して驚いていたような、そんな気がした。
「っそうだ、すみません」
こちらからわたし達の関係を告げる前に、何かを思い出したように目の前の彼はぺこりと頭を下げた。……別れたこともちゃんと知ってるのか。
「代理で資料を受け取りに来ました」
「そうなんですね……山本さん、でしたっけ」
そう対応しながら、バインダー以外の彼の私物をそっと後ろに置いた。
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ウィンターくん(プロフ) - 更新うれしいです!ありがとうございます。ここのとこ2話で話がぐっと進んでますね…! (2021年4月12日 8時) (レス) id: 6c1e210fc5 (このIDを非表示/違反報告)
ぴの。(プロフ) - 初コメントです多分。あまりにも世界観に引き込まれすぎました。ここまで読んで続き!もっと読みたい!早く!ってなりました。読者側がこんなことを言うのも烏滸がましいのですが、文才溢れすぎてもう天才的で他のも読んだことあるのですが全て面白かったです。 (2021年4月10日 21時) (レス) id: 6d66e5d0a1 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» ウィンターくんさんいつもコメントありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします(^^) (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ゆゆこさん» ゆゆこさん、コメントありがとうございます。楽しみにして何度も読み直していただけたとのことで、とても嬉しいです( ; ; )これからはもうすこし更新頻度を上げたいと思ってます!これからもどうかふたりを見守っていてください!! (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 更新嬉しいです。ご無理なさらず、でもこっそり続きをお待ちしています。 (2021年4月2日 19時) (レス) id: 0f9ee489eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年8月10日 23時