【d!】それではご主人さま、拳をどうぞ【tn】

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　呆気なく話し合いは終了し、グルッペンは私に紙袋をひとつ手渡してから早々に部屋を立ち去った。中身は恐らく仕事着、メイド服だろう。


｢では改めて、A・スィーリアです。地下産まれの地下育ちですので粗相が目立つやも知れませんが、精一杯御奉仕させていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします！｣
｢……よろしくするつもりはないで｣
｢まあまあ、そう言わずに｣


　ソファーに沈みへの口を浮かべているトントンさまはツンとそっぽを向いており余程私が気に食わないご様子。便利な小間使いを得たというのに何が不満なんだか。


｢本日はこの御屋敷への引越しもあるのでガラスの掃き掃除をしたらお暇させていただこうと思うのですが、他に何かお手伝い出来ることはございますか？｣
｢ない。……って、あんた住み込みなん？｣
｢はい。他の使用人の方々は自宅から通っているとお聞きしたのですが、グルッペンさまからお前は屋敷のゲストルームを使用しろ、とのご命令をいただきましたので｣
｢……｣
｢朝から晩までお前の顔を見なきゃならんのか、とでも言いたげな表情ですが全くその通りにございます。ずっと私を警戒していると気が休まりませんよ、トントンさま｣


　そもそも私だって正直この依頼には面倒を感じている。何が楽しくて人様の世話を焼かにゃならんのだ。しかし報酬を思えば動かざるを得ないので重たい腰を上げてここへ来たという訳である。そして、はてさて主人はどんな男かと蓋を開けばこのつっけんどん。拳を握れども振るわない私は褒められてもいいはずだ。

　いやまあ、私の愚痴などどうでもよいこと。さっさとぶちまけてしまったガラスを片付けよう。
　彼が放つ重苦しい空気を吸いながら再び箒を握り、がちゃがちゃとガラスを隅の方へと追いやる。そうして大きな破片をひとつ手で摘み上げると、そこで彼が｢おい、｣と口を挟んだ。


｢手で掴む奴があるか、切っても知らんぞ｣
｢おや、存外お優しいところもあるんですね｣
｢……｣


　それは思ってもみなかった言葉で素直に驚きが零れた。トントンさまはそんな私にまたむっと口端を下げてそっぽを向く。あら、余計に拗ねてしまわれた。


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