さそう揺籃 ページ6
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ガタン、ガタン。電車が揺れ、狭い車内に押し込められた人々が同じタイミングで同じ方へと傾くのをトントンはひとつ抜きん出た頭で見下ろしていた。
視線を落とすと、数センチ下に金の頭。何事にも抜け目なさそうにみえて案外気の緩みを時折見せるグルッペンの髪にはひとつ、ぴょこんと跳ねた寝癖があった。
「グルッペン、寝癖」
「……ああ」
「襟も立っとるよ」
「……おん」
「……眠そうやな」
吊革に身体を預け、今にも閉ざされそうな瞼と戦うグルッペンにトントンが苦笑する。どうせ自分と同じく遅くまでゲームに勤しんでいたのだろう、と思いながら車窓の外へ視線を向けた。
ガタンッ、と一際大きく電車が揺られた。トントンの視界の端で金の頭がぐらりと傾く。あ。と短い声を上げ、トントンの大きな手は咄嗟にグルッペンの肩を掴んだ。
「おいコラ、危ないから起きろ」
「おきとるわぼけ……」
(―――くっそ。眠い。トン氏が豚に見える)
誰が豚や蹄でどつくぞ、と言いかけ飲み込んだ。トントンはハッキリと目にしたのだ。グルッペンの口の動きと、聞こえてきた声のズレを。
なにか、おかしい。これは昨日Aの腕を掴んだ時に覚えた違和感と同じだとトントンは気づいた。
眠気まなこを擦って吊革を握り直したグルッペンからとりあえず片手を離す。そうしてその腕が降ろされた時。指先が、布地を擦る感覚。
(―――ああ、どうしよ。今日も嫁にリストラされたことを言えないまま電車に乗ってしまった……)
ずんと重たい声がした。なんちゅう独り言や、と顔を顰めたトントンがそうっと左を向くと、そこには生気の失われた顔で車窓の外を眺めるサラリーマンがいる。
彼の肩に指を掠めた瞬間、先程の声が聞こえた。冷静に考えて、あんな気重な独り言をこんな車内でポロリと零すものだろうか。トントンは首を傾げ、それからおもむろにぴょこんと跳ねたグルッペンの寝癖を指先で摘んでみた。
「……おい。なにすんねん」
(―――よく見たらこいつも髪はねとるやん)
「……嘘やろ」
確信した。トントンは自身の跳ねているらしい髪を押さえつけながら、自分に降りかかった謎にぽかんと口を開ける。
どうやら俺は、触れた人間の心の声が聞こえるようになってしまったらしい。
二重に聞こえる一方の声は、本来音にならない心の声なのだろう。多分。きっと。トントンは拳を握り、そうして「はえー……」と気の抜けた声を上げた。
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餅宮(プロフ) - なるほど、そうですか!こっちの方が味があって好きです(突然の告白)そんな伏線教えてもらえて少し動揺しています(震)これからも更新楽しみにしています! (2020年7月7日 12時) (レス) id: 183ec0d7a1 (このIDを非表示/違反報告)
ぴぷ(プロフ) - 餅宮さん» 餅宮さん初めまして!歌はわざとですが理由が著作権にありまして、正直これもアウト寄りかと思いますので修正いたしました…。エモな理由ではありませんでしたが実は音痴であることを伏線としていますのでそれを知った上で今後も楽しんでいただけたら幸いでございます! (2020年7月6日 18時) (レス) id: def2dae9c2 (このIDを非表示/違反報告)
餅宮(プロフ) - 更新お疲れ様です!いつも楽しみにしています。初コメがこんなので申し訳ないのですが歌詞の部分は「この大空に翼をひろげ」ではないでしょうか?わざとでしたらすいません。そうでしたらすごくエモいのですが() (2020年7月6日 15時) (レス) id: 183ec0d7a1 (このIDを非表示/違反報告)
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