私があなたの彼女です [赤緑]

雨と傘と椿と ページ33

「私も遠足以来だった気がする」

「こんな年取っても案外楽しめるもんやなぁ」


「案外じゃない、ガッツリ楽しんだでしょ笑」

「はははっ、せやなぁしっかりがっつり楽しんだわ笑」



大分日が伸びてなかなか太陽が沈まないと思ったら
突然雲が空を覆い降って来た雨

帰りの電車を降りた頃にもしとしと降り続けていた



鞄の奥底に押し込んだ折り畳み傘を漁っていると
つんつん、と腕を突かれて顔を上げる



「俺あんで、傘」

「私もどっかにあるはずなんだけどなぁ、待ってね」


「や、その…ええやん、俺の傘あるし。なぁ？」

「ええやん、って？」



「その…俺の傘、一緒に入ればええやん、って」


「…狭く、ないかな」



「別々の傘やと遠いやん、声聞こえへんし。
一緒の傘で、くっつけばええやん」



気まずそうに目を逸らして傘を開き
ん、と少し差し出すように頭上で傘をさす

遠慮がちに1歩中に入るとしげも入って来て



「んな端っこおったら濡れんで」


ぎゅっと肩を引き寄せられた



傘を私側の手に持ち替えて
そのまま無言で家までの道を歩き始める



どうしようか少し迷ってから
傘を持っている腕の肘周りを遠慮がちに掴む

しげに何も言われなかったから
もう少し腕を絡ませて近くに寄ると


寒い？と聞かれた



「うん、ちょっとだけ」

「そぉか。なんかもう1枚上着持って来たらよかったな」


「ううん。大丈夫」

「んー…ならいいんやけど」



傘に落ちてくる雨がぱらぱらと音を立て
その中でしげと私の声が反響していつもより近くに聞こえる

2人だけの世界



「あ」

「ん？」



「ほら。見て」



私の真横にある塀を顎で指されて見ると
どんよりとした空気と深緑の葉の中に

真紅の椿が咲いていた




一瞬詰まる私の呼吸


組んでいた腕から力が抜けた





「…ちょっと、遅咲きだね」



動揺を隠すように言うと

せやな、と至って普通の返事




「でも、綺麗やな」



ニコッと笑うしげは特別何かを思い出した様子はない





「Aちゃんも、綺麗」




「…へ」





「椿も綺麗やけど

椿を見てるAちゃんの方が綺麗」





そのまましげの顔が近づいて来て


私たちは椿の花の前でキスをした




唇が離れ目を開ける



まつ毛の間から見える、少し細められたしげの瞳には

私しか映っていない




「帰ろっか」


「うん。そうだね」




しげが持つ、2人だけの世界に収められたまま

私たちは椿の花に背を向けてまた歩き出した





これでいいんだ。





これで、大丈夫。




.

小さな変化→←夏の先取り

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す