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隣で、手首を隠すように握りしめる彼女の両手を取ると、由唯は赤く腫れたその手首に口づけた。
彼女には満面の笑みを浮かべ、くるりと振り向くと、一瞬で表情を凍らせる―――

『ヤっちゃって下さい―――』
「ふふっ―――いい返事ね」

刹那の母がにんまりと笑うと同時に、奥の間から女中が慌てて飛び入って来る。

「奥様、お嬢様―――大変です!!」
「何事?!」

声を荒立てるも、その表情は青く凍り付いたまま。
現状が理解できずに慌てる須藤の母と、その意味を理解して言葉を失う娘の千世―――。
由唯の母は。ただ顔をしかめ、その場に崩れ落ちて膝をついた。

『―――帰ろうか』
「……うん」

刹那の右手を握ったまま、由唯は彼女達に背を向けた。


「―――ッ……由唯さん――――」
か細く鳴くような千世の声に、刹那は部屋を出ようとした由唯の手を止める。

『―――せっちゃん?』
「千世さん―――ウチは……」

「刹那」
床に崩れる千世に、手を伸ばそうとする刹那を、母が制する。
止めなさい。―――憐れみは、逆に彼女を傷つけるだけ……


ぐっと、手を握る刹那を横で見ていた由唯は、代わりに声を上げた。
刹那も、振り向いて由唯の顔を見る。

『ああ、そうだ。母さん―――』

声を張り上げる由唯の顔を、張り付けた仮面の剥がれ落ちた由唯の母が見上げる。

『“俺”の好みを何て伝えたのか知らないけど…俺は名前も分らない料理より、ハンバーグとポテトサラダが好きだって、知らなかっただろ?』
―――野菜だって、好きな子が作ってくれるものなら、残さず食べるよ。

覚えなくてもいいけどね。


ひらひらと後ろ手を振ると、刹那の手を引いて部屋を出た。

屋敷の外には車が止まっており、運転席には携帯電話を片手で操作する圭吾の姿。

「お待たせしました〜!無事に王子様を奪還してきましたよ」
「はは―――随分と勇ましい姫さんで……」

圭吾の乾いた笑いが、車内に響いた。




後日。
母からは此度の縁談が正式に破談となった事を告げられた。須藤が抱えていた医療系事業の突然の失脚と、誘拐紛いの事を起こしたことが明るみに出た時の世間の反応を危惧した、所謂切り捨てだ。
不要な駒は躊躇いなく捨てる―――父は、そういう人だ。

刹那の誘拐に関しては、公にするべきだと言い張った由唯と彼女の母の主張を、被害を受けた刹那本人が退け、表に出されない事となる。まぁ、床に崩れ落ちた千世の表情を見ると、いいお灸になっただろう。


そして…

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作者名:しゃっぽ、kohaku x他1人 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2021年8月9日 9時

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