密やかなとき【黒尾鉄朗】 (ページ48)

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第48話　髪ページ48

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時刻は午後８時を回ったところ。

お客さんなんだから、ゆっくりしててと言ったのに、鉄くんは、夕飯の準備から片付けまで、私より段取り良く済ませてくれた。

なんてありがたいの。

お客さんの鑑だよ。

そう言うと、鉄くんは『A限定だ』って、笑った。

それさ、言われる私の身にもなって。

今日、鉄くんが泊まることは織り込み済みだ。うちのお母さんの手によって。そしてたぶん、明日も泊まるはず。

というか、年頃の私たちを二晩ふたりきりにさせたがる母親、控えめに言って狂ってると思う。

『黒尾くんによろしく』とか言ってだけど、何をよろしくすればいいの。

そんなことをグダグダ考えてる間に、鉄くんは、ほかほかの湯気をまといながら、リビングに戻って来た。

そして彼が目に入った瞬間、私の息はたぶん、１０秒くらい止まったと思う。

「……ん？どうした？」

鉄くんが訝しげに私を見る。

濡れた髪。いやいや、それどころじゃない。

ツンツンが……！あのツンツンが、ねぇ、髪、下ろしたらそんな感じになっちゃうの…？そんなの、聞いてない。

「……A？」

タオルで髪をくしゃくしゃしながら、『ん？』と、首を傾げる鉄くん。

致死量の色気にフリーズした。

「か、髪…下ろしてるの……初めて見た」

「そう言えばそうか。…どう？」

「……か、かっこいいです……とても…」

そう言った瞬間、鉄くんの中で何かのスイッチが入った気がした。

「へぇ…、かっこいいんだ、俺」

鉄くんがじわじわと迫って来て、私を壁際に追いやる。

背中にひんやりとした感触を感じた。それと同時に、下ろした前髪の隙間から覗く、鉄くんの目が私を捕らえた。

その、熱を帯びた視線に、身体のあちこちがきゅっと疼いた。

「Aは…いつもの俺より、…こういう方が……好き？」

鉄くんが、楽しそうに私のあごを右手で軽くて持ち上げながら、口角を上げる。

視線を逸らそうにも逸せなくて、思わず息が詰まった。

何これ、しぬ。

「……ん？」

鉄くんがさらに顔を近づけて、返事を求めた。

たまらなくなって、『どっちも…どっちもすき』と、返すと、息つく間もなくキスされた。

ぽたり、ぽたり…と、鉄くんの髪の毛から滴り落ちる水滴が、首筋から鎖骨へと滑り落ちるのを感じた。