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それから仕事を始めたけど全然身が入らなくて、気持ちを切り替えようと珈琲を買いに席を立つ。
自動販売機の前、さっき紹介された新人さんだ。
『……あ。』
「あ、お疲れ様です。」
『お、疲れ様…。』
何となく勝手に気不味くなって、言葉を詰まらせてしまった。
すると目の前の新人さんは私の名札が目に入ったみたいで、眠そうなその瞳を丸くさせていた。
確信してしまった、あの日、あの時、引っ越して行ったあの子だと。
「……ちょっと。」
『え！？』
自販機に入れたお金なんて気にも止めず、その人は私の手を引いて誰も来ないような非常階段へ足を進めた。
途端、振り返って私の事を抱き締める。
『ちょ、ちょっと、……さん。』
「Aさん、会いたかった……！」
あまりにもぎゅうぎゅうと強く抱き締めるからやめてなんてとても。
背中に回される腕や体つきが知ったものではなくて、嗚呼、異性なんだと思ってしまえば緊張。
彼が、頭上で口を開く。
「……俺、大きくはなりましたけどまだAさんを迎えに行ける程の男にはなってないんで、もう少しだけアンタの隣空けて待っててください。」
『……覚えて、たんだ。』
「忘れるわけないっすよ、あんな子供じみた約束でも俺は本気でしたから。」
『………………。』
私も、なんて言えるわけがない。
心臓が破裂しそうだ、幼い頃しか分からないほぼ知らない男の人相手に、こんな。
「ところでアンタ、美人になりましたね。」
『え、何を急に。』
「いや、他の男が寄ってこんか心配になる。」
少し距離を取ってむくれた顔は昔と変わらなくて、ちょっと笑ってしまった。
「何笑ってんすか、今日からアンタに意識して貰うためにガンガンアタックしていきますからね。」
『えっ。』
「覚悟しといてや。」
私がポカン、としていると手を引いて、戻りましょう。と。
『待って！？1人で戻れるから！』
「ダメです、俺のもんだって見せつけるんすから。」
(強制的に)手を繋いでオフィスに戻ればやっぱり囃子立てられる。
同僚に なに、もう唾付けたの？と言われ即座に否定しようとすれば そうです、俺が。と彼が割り込む。
違います！と慌てて言ってももう遅い、この部署全員が温かい目で見ているのが分かってしまった。
じろりと隣を見遣れば してやったり、と笑む彼。
この後輩、策士……！
……あ、珈琲買うの忘れてた。
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