【文スト】美しき寂しがり屋【男主】

道徳からの乖離…其ノ肆 ページ14

安置された遺体は六つ。
寝袋のようなビニール袋に一人ずつ入れられ、壁には小さな仏壇が置かれている。

上条はそれぞれのビニール上部を少し剥ぎ、短い黙祷を捧げる。

(…御免なさい、いただきます)

そして右手の革手袋を外し、死体に触れた瞬間、そこから紫紺の光が溢れ出した。


『春の嵐』は、触れた人間を分子レベルで分解し、“栄養”として吸収する。

つまり、今行われているのは、『食事』だった。

しかし異能はそれだけでは飽き足らずに、この体を固形物を食べられないようにしてしまった。
喰らった分だけ、彼を生かそうとした。

そうして上条斎という人間は、人の皮を被った化物と変貌したのだ。


しかし無知な人は、ただ彼を恐れる。


故にただ一人で、常識外れな化物として存在するしかなかった。


しかし太宰は、『人間失格』はそれを覆すだけでなく、全てを受け入れてくれたのだ。

だからこそ彼は、太宰に尽くし、太宰に溺れた。
だが、太宰の望みである自 殺は叶えたくても、叶えられない。

矛盾した上条の思いは、太宰も解っていた。

けれど何もしないこの現状が、今も続いている。


『…ご馳走様でした』

“空腹”が満たされた上条の目は、何も映していなかった。

これは本当の空腹ではない。
誰も味わうことのない、最悪の“空腹”だから。
死体を喰うのは慣れたはずなのに、いつもどうしようもない気持ちになる。

(もう、戻んなきゃ…)

さっきまでの自分に戻らなければ、きっと何も知らない箕浦も心配するだろう。
家に帰るまで、閉まっておかなければいけないモノだ。


『終わりました』

「おう、お疲れさん」

ただ、その一言が上条にとっては有難い。
志賀も、いつも何も聞かずに「お疲れさん」と頭を撫でてくれる。それが案外好きだった。

「嗚呼、そうだ。お前に渡しとけって志賀が」

『……アイスだ』

「…好きなのか？」

『…特別だから』

初めてここに来た時、自分のことを知って知らずか、『食事』の後にくれた物。
食べられないけれど、断るのも悪いと思い、恐る恐る口に入れてみたのだ。

冷たくて甘い、初めての食べ物だった。

口に入れるとすぐに溶けるから、ちゃんと食べられる。それが解り、つい夢中で食べたのが今でも恥ずかしい。

『ありがとう、ございます。……では』

コンビニの袋を受け取り、会釈して箕浦と別れる。

(これは今食べちゃうか…)

探偵社に着く頃にはきっと溶けてしまうだろう。それは、本当に勿体無い。

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