踊る活字 ページ12
…次の日。
私は朝起きてからすぐ、本を手に取った。
相変わらず読めないのだけれど…
「あれ、今日はいつもより早起きなんだね。」
静かに病室に入ってきた担当医は、
私にそう言うと、なにか文字が書かれた紙を私に差し出した。
『月野 _』
つきの、まで読めたが、その後の漢字一文字分が踊っていて読めない。
「…これは、私の名前ですか?」
「そう、___。聞き取れないなら見てもらえばいいと思って。」
「…なるほど。でも、月野までしか読めないです」
そう言うと担当医は顔を顰めた。
たった一文字の漢字が読めないほど、教養がない人なのかと思ったのだろうか。
案の定、担当医は
「…もしかして小学校行ってない?」
と尋ねてくる。
小学校は通っていたはずだ。
私は中学生で、受験もしたのだから、通ってないと可笑しい。
その記憶全てが夢だったとかがなければの話だが。
「ちゃんと通ってましたよ。」
「なら分かるはずなんだけど…希望のぼう、だよ」
「…ぼう…?」
希望、は分かる。
けれど、ぼう……?
頭の中でイメージしようとすればするほど、
頭の中はこんがらがってしまう。
やはり名前は知ってはいけないらしい。
「あの、私、活字が踊ってるように見えて、読めないんです」
「ほう、活字が踊る、か…ぐしゃぐしゃに文字が化けてる感じかい?」
「そうです」
「でも…これ活字じゃなくて手書きの文字なんだけどな…"僕の時"も手書きは読めたのに…」
あれ、何かがおかしい。
僕の時って、この人も活字が踊ってるように見えたことがあるのだろうか?
「先生も活字が踊ってるように見えたことが、あるんですか?」
そう問うと、担当医は最初の頃の胡散臭い頬笑みを浮かべて、
「いいや?ないよそんなこと。」
と言った。
どうして隠す必要があるのだろうか。
何か、患者や私に知られてはいけない秘密でもあるのだろうか…
もしあるのならば、ここが病院でない可能性もある。
想像に過ぎないが、なにかの実験に使われている可能性も無くはない…自分で言うのもなんだけど、私は特殊だから。
いや待てよ、もしかしたら…
「…先生は、特殊ですか?」
「……僕は普通だよ」
石のような硬い返事が返ってきた。
やはり、何かを隠している。
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作者名:桜花 | 作成日時:2021年2月10日 13時