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【俺屍】神の業と、人の性 −氷の皇子の章-(前章)  ページ3

――それは、まだ天界最高位の女神『太照天 昼子(たいしょうてん ひるこ)』が生まれるよりも遥か昔。
一人の女神が、地上の男に恋をして、二人の子どもを儲けるよりも、ずっと昔の物語。



*

「行くのですか」

「あぁ」

今、まさに天界を後にしようとする男神が振り向いた。
雪のように白い肌に、氷のように蒼い髪。そして天界一の美丈夫と謳われる整った顔立ち。
誰もが知る、男としては天界第一位の位を持つ者。……それが『氷の皇子(こおりのおうじ)』であった。
皇子に声をかけたのは、濃紺の衣をまとった女性。
鴉の濡れ羽を思い起こさせる、黒く長い髪。凛とした切れ長の目が印象的な美しい女神。……その時、天界最高位の神であった、『太照天 夕子(たいしょうてん ゆうこ)』である。

「あなたは、退屈であることに飽きる性格ではないとお見受けしますが」

今までも、飢えも渇きも……死すらない、退屈な天界に飽いて、地上に降りる神はいた。
困ったことにその神たちは、地上の人々に干渉し、時には要らぬ災いをもたらした。
しかし、氷の皇子はそういった性格の神ではない。
だが。
氷の皇子は優しすぎた。

「……。私の心は退屈など気にはせぬ。しかし、風に流れ、天に届く死した者達の嘆きを、ただ聞いている生活には耐えられぬ」

「神の一柱が地上に降りたところで、何かを変えられるとお思いか?」

冷静な問い。
皇子はゆっくりと、首を左右にふった。
神々は決して人の営みに手を出してはならぬ。……それが分からぬ皇子ではなかった。
それでも。

「与えられた生を生き抜こうとして、死んでいった者たち……その慟哭を聞き、嘆きに寄り添うことくらいは許されるであろう」

その目は決意の色を湛え、強い輝きを放つ。
その決意を変えることは難しいのだろう、そう夕子は悟った。

「――それで、あなたがかつて、愛した人のため……、禁をおかしてまでつくった水道に籠るのですか」

「……」

神々は決して人の営みに手を出してはならぬ。
それが分からぬ皇子ではなかった。
しかし。
皇子は優しすぎたのだ。
日照りに嘆き、雨乞いをする人々のため、一度だけ地上に干渉したことがあった。
彼が造り出したのは、地上に地下の水を運ぶための水道。
懸命に祈りを捧げる人の心に打たれ、皇子はその水道を作ったのである。

けれども。
長い年月を経て、……清涼な水を地上に運ぶためにあったはずのその水道は、いつしか、死体が投げ込まれる場所となっていた。

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作者名:一花 | 作成日時:2014年7月9日 23時

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