101 ページ1
海里は男の前で膝をついて、なるべく男と近くで話す姿勢を取る。
「婚約者復活が叶わなかった気分はどうだ？」
その質問に、男は嗄れた声で答える。
「最悪ですよ…私はただ彼女を想う日々を取り戻したかっただけなのに……」
刻刃家当主の座などどうでも良かったと男は言う。
ただ幸せな日々を夢見ていたと。
「その小娘が思いの外反抗的だったのが敗因でしたね。少し脅せば簡単に折れると思っていたのに、策を練って対抗する……芯の強い子でしたよ」
男の口調は心底憎たらしいと言っていたが…
(何だろう…言葉と表情が噛み合わない気がする)
その表情は、狂気を孕んでいた時とは違い、只々優しい笑みを浮かべていた。
Aはその笑みに誘われるように近付いた。
「……貴方はやり方を間違えたんですよ」
今なら伝わるかもしれない。
そう思って言葉を紡いだ。
「刻刃家の当主の座が不要なら、彼女との幸せな過去を糧に、彼女への想いに殉じて生きれば良かったんです」
この事件は、時を廻れてしまえるが故に犯してしまった過ち。
彼女との思い出に生きていれば、男は反逆者にならず、刻刃家も平和だった筈なのに……
彼にとっては過去に、海里達にとっては未来で、刻刃家は失われる。
他ならぬ彼の手によって。
(でもそれを言ってはならない。海里さん達に知られてはならない)
男はAの視線から意思を汲み取り、瞼を閉じる事で返事とした。
「さあ、海里」
男は覚悟を決めて海里を呼ぶ。
「私を始末しなさい。そして自分の時間に帰って下さい」
「……ああ」
海里の刀に呪力が込められる。
死の間際、男が心で呟いた言葉は
(愛しい君。長い事待たせてごめん。今、側に逝くから)
婚約者への変わらぬ愛情と……
(どうか海里達の娘が、私のように歪む事無く、真っ直ぐな未来を歩みますように)
名前も知らない海里達の娘……Aの幸せを望むものだった。
男の胸に刀が突き入れられた。
その表情は穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
(どうか死後の世界で、婚約者と再び逢えますように……)
Aは男の冥福を手を合わせて願った。
こうして、刻刃家反逆者の討伐は達成された。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 82人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
露里唄(プロフ) - キャッスさん» ありがとうございます。最後まで書き切れるよう頑張ります。のんびり更新なので、気長にお待ち頂けると嬉しいです。 (2022年4月10日 14時) (
レス) @page9 id: 29cf707392 (このIDを非表示/違反報告)
キャッス(プロフ) - 続き楽しみにしています！頑張って下さい！ (2022年4月10日 5時) (レス) id: c645bbf7af (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：露里唄 | 作成日時：2022年3月6日 2時
