44. -side.S- ページ10
ふっと目が覚めたら、おでこに冷たくしぼったタオルがのせられていた。
時計を見ると、22時前でぐっすり眠っていたことに驚く。
もう帰ったよな、あいつ。
と、思った瞬間に寝室のドアがゆっくり開いた。
「あ、櫻井さん。目が覚めました？気分どうですか？」
「……悪くない」
「よかった。おかゆ食べられそうですか？」
俺が頷くと、にっこり笑ったAがキッチンにぱたぱた戻っていき、コンロの火をつけているカチカチ、という音がする。
悪くなかった。
誰かが自分の部屋にいる気配。
以前はそれすら苦手だったけど。
俺は起き上がると寝室を出てリビングにつながるドアを開けた。
慌ててAが近寄ってくる。
「寝ていてください！持っていきます」
「そんな重病じゃねーし」
「でも熱すごく高かったんじゃないですか」
「だいぶ下がった」
「ほんとですか？」
Aのひんやりした手がおでこに触れる。
「まだ熱いですよ」
「……もう帰ったかと思った」
「帰った方がよかったですか？図々しくキッチンお借りしてすみません」
「いや」
Aがためらいがちに俺を見上げた。
「さっきのどういう意味か聞きたくて」
「さっき？」
「私が側にいたいって言ったら、『俺も同じかもな』って」
うっすら記憶が蘇る。
「声に出して言ってた？」
「……はい」
そんなこと。
「熱に浮かされたんだろうな」
「あは…ですよね」
たとえ思っても口に出しては言わない、いや言えない。
「じゃあ私そろそろ帰ります、ね」
「ああ」
これでいい。
また会社で会ったら、ただの上司と部下でそれ以上でもそれ以下でもない。
その方がいいんだ。
「ちゃんと休んでくださ……」
わかってる。
なのに、どうして。
「あの……？」
俺は今Aを抱きしめてるんだろう。
「…熱のせいってことで」
おそらく混乱して何も言えずにいるAの顎を強引につかんでキスをした。
始めはされるがままだったAが、少しずつ応えてくれるようにキスを返してくれる。
やべ。
止まんね。
そのまま壁に押し付けたところで、急に我に返った。
「…っ…櫻井……さん？」
突然動かなくなった俺をAが見つめる。
「悪い」
「いえ…そんな」
「もう寝るわ」
「は、はい。すみません」
赤くなったAが、ぺこん、とお辞儀をして部屋を出て行く。
壁にもたれた俺は深く息を吐いた。
「何やってんだよ」
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年1月22日 18時
