48. -side.N- ページ14
「ある、よ」
「は？」
「二宮くんにしてほしいこと。二宮くんにしかできないこと」
「なにそれ」
意味がわかんない。
「映画を、撮ってほしい」
予想外の言葉に、思わず返事につまる。
ビールをひとくち飲んで、ふうって息をついた。
「俺言いましたよね？もう撮るのはすっぱりやめて就職したんだって」
「聞いたよ。だけどどうしても二宮くんに撮ってほしい」
話が見えなくて若干イライラしてきた。
「だから何を」
「お父さんの、遺作」
「……え？」
パソコンの向かい側に座るAの目は真剣で、冗談でしょ、って笑うに笑えなかった。
「本当は他に撮った映画を観せてもらってから、ちゃんとお願いしようと思ってたんだけど」
「どういうこと？」
「お父さんの遺品を整理していたら生前残していた脚本を見つけたの。
それをいつか映画にするのが私の夢なんだ。
映画配給会社に就職したのも、そのコネクションを作るため」
「へー、まあ合理的ではあるよね」
映画関係者に会えるし、情報も入る。
「だけど私。
二宮くんの映画を観て。
二宮くんに撮ってほしいって思った」
「……ムリ」
「どうして？」
「そんな大事なもの、俺には撮れない。
俺はしょせん学生のお遊びで」
「そんなことない。
あんなに登場人物一人一人の気持ちを繊細に描ける人いないよ。
お父さんが撮りたかったのも、そういう映画なの」
Aは、鞄から分厚いA4サイズの紙の束を取り出した。
「これ、お父さんが遺した企画書と脚本。
読んでみてほしい」
ディスクに落とす作業が終わったから、Aに手渡すと、大事そうに鞄に入れて立ち上がる。
「ありがとう、じゃあ私帰るね」
なんだかまだ俺もぼんやりしたまま立ち上がる。
「送ってく」
「いいよ、まだそんな遅くないし」
「ちょっと頭冷やしたい」
そう言うと並んで部屋を出た。
「ごめんね、急にびっくりするようなこと言って」
「ほんとだわ、えろい気持ち吹っ飛んだでしょーが」
「ちょっと！何もしないって言ってたのに」
「好きな女と同じ部屋にいて何もしたくならないわけない」
「好きな女」
「そこ繰り返さないでもらえます？」
マンションから出たところで、視線を感じたような気がして振り返った。
ん？
すぐに雑踏の中にまぎれて見えなくなったけど。
あれは、櫻井さんだった。
「どうかした？」
Aが立ち止まる。
「誤解させたかな」
「え？」
「ま、いーや」
もう一波乱。
あってもいいでしょ？
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年1月22日 18時
