【呪術廻戦】目の前の最強さん

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私は父が思ってる以上に腹を括っている。これは母を救うための婚約で、あと数週間のうちに破談にする算段もついている。まだ資金は足りないけれど、何とかなるはず。というか、何とかする。



「私が望んだことだから。たかが婚約で救える命があるのなら、安いものだよ。生きてさえいてくれればどうにでもなるんだから」



ここ最近は、掌から零れ落ちるように消えた命を幾つも見た。1級を取ってもなお人ひとり助けられないのではないか、と胃の中がかき混ぜられるような感覚になっていた。
その中で私が母の命を救う手助けが出来ているという事実だけが、この生き地獄に垂れた蜘蛛の糸のように、私に理性を齎(もたら)していた。
数本ある希望の糸のうちの1本。でも確かにこの手にある。

私の呪術界での境遇を知らない父は“生きてさえいてくれれば”の言葉に救われてくれたらしく、私に一言「ありがとう」と告げて通話を終了した。



「…とはいっても、落ち着かない」



母の手術が早速執り行われるのは、何とも喜ばしいことだった。現に今の私は心の奥底から安堵している。医者の話だと、これで母の命の期限は格段に伸びるということらしい。

いつだったか、「いくら反転術式が優秀だと言っても、命と病まではどうにもならないの」と母が苦く笑った日を思い出した。聡い母のことだから高専時代の私のコンプレックスに気付いていたのだろうし、どんなに怪我をして命の危機に瀕しようが厭わない私に「手を尽くそうが人間はいつか死ぬ」と言いたかったのかもしれない。

それでも、生きていて欲しい。

少し傲慢なその思いを胸に、私の足は自然と実家に向かっていた。



［実家に寄るので、少しだけ帰り遅くなります］

「わっ！」
「あっ…と」



突如、曲がり角で高校生とぶつかった。
歩きながら五条さんにメッセージを送っていた私が悪いけれど、いつもならぶつかる事はない。だが幸いにもお互い転倒せず、素直に謝罪してまた歩き始める。

…去り際、相手の子の制服が目に止まった。かつて私が袖を通していたものと同じで、気がつけば母校の生徒がそこらに居た。
どうやら下校時刻で、私は母校の最寄り駅周辺に辿り着いていたらしい。

どうにも注意力散漫というか、なんというか。でも駅舎の上にいる呪霊には気付いていたし。



「君、あれが見えているの？」



出会った時と同じ場所で同じ言葉を聞くなんて、きっとこれは白昼夢だろう。


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