118 ページ18
．
手を引いたまま高専内を暫く歩き、私は1つの扉を開けた。幸いにも今はここに誰も居ない。
「覚えていませんか、この教室」
「…忘れる訳ない」
Aは顔を上げて部屋中を見渡すと、頬を微かに緩めた。緊張の糸が綻びていっているのが分かる。
懐かしい匂いや空気に、当時の記憶が蘇る。約10年前の青い春。
「七海は左、私は右、それで間が灰原」
先程よりも軽やかな歩みで教卓の前まで進み、かつて座っていた席を一つ一つ確認するかのようにするりと撫でていく。
小さな思い出を拾い上げるような表情は、自分を当時に戻ったかのような感覚に陥らせた。
「…ごめん、気を遣わせて」
「いえ、私が取り乱させました。すみません」
「大丈夫」
Aが窓際のかつての席に着いたのを見て、自分も席に着く。お互いの間には1つの空席。
開け放たれた窓から涼しい風が吹き込み、狐色の髪を攫う。
「それで、話って？」
私は自分でも気付かないうちにその様子に見とれていたらしく、彼女の声で現実に引き戻された。
そうだ、ここに連れてきたのは自分じゃないか。
「昨夜、何を見たんですか」
「何のこと」
「しらばっくれないで下さい。補助監督が殺された現場であなたは何か見たのでしょう」
「何かって、何。色々見たけど」
「惚けるな」
のらりくらりと躱すAに、思わず口調が厳しくなる。
「あなたは昔から報連相がなっていない。分かってますか」
「ちゃんとしてる」
「してない」
「どこが」
「普段から出来ていたら今あなたをわざわざ呼び出していない」
不足しているのは相談だけかと思っていたが、細かな報告連絡も怠っているのは放っておく訳には行かない。
その意味を込めて目を細めると、彼女は大きなため息を零して机に突っ伏した。
昔からAと喧嘩や言い争いをすることはほぼ無かった。しかし時々こうして言葉をぶつけ合っていて、その度に彼女の中の正論と私の中の正論が火花を散らした。大体はその途中で灰原が「どっちも正しいから！それぞれでいいんだよ！」と間に入り、有耶無耶にしてしまっていたが。
最も、今Aが話しているのは正論ではなく言い訳で、間に入って有耶無耶にしようとする人間はもう居ない。自分達で折り合いを付けなければいけないのだ。
「…隠してる訳じゃない。ちゃんと確信持ちたいの」
イジけた子どもの様な声が教室に響いた。
．
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 555人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「呪術廻戦」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ユシュケ(ユコ)(プロフ) - まめさん» ありがとうございます〜！すごくすごく久しぶりにまた更新しましたのでまた読んでやってください✩ (2022年12月20日 1時) (
レス) @page48 id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
まめ(プロフ) - ずっとずっと待ってました！すごくすごく久しぶりに開いたら通知が来ていたので嬉しすぎました泣また頑張ってください！応援してますー！ (2022年9月25日 21時) (レス) @page47 id: 3de5d823fb (このIDを非表示/違反報告)
ユシュケ(ユコ)(プロフ) - 妃さん» こちらこそありがとうございます！！時間が経ってしまいましたがまた読んでいただけると嬉しいです♡ (2022年9月4日 1時) (レス) id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
ユシュケ(ユコ)(プロフ) - chiaki0708さん» オリジナル要素多すぎて読みにくいかな…？と思っていたのでそれを聞けて嬉しいです！すこ~しずつまた更新していくのでよろしくお願いします！ (2022年9月4日 1時) (レス) id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
ユシュケ(ユコ)(プロフ) - はるきちさん» ありがとうございます！ちょこちょこ再稼働し始めたのでまたよろしくお願いします…！！ (2022年9月4日 1時) (レス) @page47 id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ユコ | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/oorsayui/
作成日時：2021年3月18日 11時
