49.さびしくない ページ49
『椿』
「……A」
不意に名前を呼ばれ俯いていた顔を上げれば、そこにあったのは夜闇のなか浮かび上がるように真っ白な鬼の姿。
どうして、と零した椿に『出掛ける時、傘持って行かなかったでしょう？』だから迎えに来たのだと、Aはいつも通り底抜けに穏やかな笑みを浮かべた。
『こんな所で泣いていると、凍えちゃうわよ』
涙で濡れた頬を、それと同じくらい冷たい手が優しく撫でる。
椿は再び視線を落とすと、今にも途切れそうな声で胸の内を吐露した。
「知らないって、言われたんだ」
「兄さんも、姉さんも、みんな僕を知らないって……」
「どうして先生は、誰にも……」
「誰も… 誰も僕のことを知らない……」
話の筋もめちゃくちゃに連ねた言葉を、Aは椿の隣に腰掛け、最後まで静かに聞いていた。
やがて口を閉ざした椿に、Aが柔らかく温かな声で言う。
『なら、私と一緒ね』
「いっしょ…？」
『私と椿は、同じひとりぼっちだわ』
「……」
一族で唯一生き残り、現代に取り残されたA。
その存在を誰にも知られず、理解されない椿。
どちらも孤独なひとりぼっち。
「そう、だね……」
『この世でひとりぼっち。私達は、二人が二人とも孤独だけれど……ねぇ椿、私達、ふたり一緒ならひとりぼっちでもきっとさびしくないわ』
力なく投げ出していた手を、Aの白くて華奢な手がそっと掬い取って優しく握る。
彼女の朱色の瞳が、燃える焔のように綺麗な輝きを宿して椿を見つめていた。
『きっとね、誰にも、誰かを完全に理解することなんてできない。あなたの哀しみも、望みも、私はわからないかもしれない……それでも、私は椿と一緒にいたいって、思うわ』
『こうやって、泣いてる時には傍にいて、涙を拭って……私に、何もしなくていいって言ってくれた、あなたのために、ここに在りたいって、思うのよ』
胸の中に、温かな火が灯されたようだった。
憂いや絶望に暗く淀んでいた心が、すっきりと軽くなったのを感じる。
『帰りましょう、椿。一緒に』
やがて紡がれたその言葉に、椿は立ち上がった。
真っ白な雪の降る中、赤い番傘を差し並んで歩く二人の足跡は、どこまでもどこまでも続いていく。
もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとはとうめいな軌道をすすむ
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作者名：きー | 作成日時：2017年5月8日 3時
