23.軋む ページ23
「Aは本当、あっという間にここに馴染んだよねぇ」
Aの勉強も兼ねて、というわけでもないのだが、いつの間にか彼女と椿の習慣となりつつある午後の散歩。
日当たりの良い遊歩道をのんびりと並んで歩く中、ふと感慨深そうに呟かれたそれを聞いてAが笑みを零した。
『ふふふ、そうね。私もここまで簡単に馴染めるとは思わなかったわ。これって、皆が吸血鬼だから?』
「あっは! Aの中で吸血鬼って、すごい愉快なことになってそうだね!」
相変わらずどこかズレた認識でいるらしいAの発言に、椿はまたいつもの調子で笑いはじめる。
すると今回はそれを見ていたAも、つられたのかくすくすとおかしそうに笑い出した。
端からすると道端で和服の男女がひたすら笑い続けているという、何とも珍妙な絵面である。
『考えてみたら私、こんなにたくさんの人と一緒に生活するのって一族解体以来だわ。あとはずっとみつきと二人きりだったもの』
「へえ……そうなんだ?」
『ええ、姉弟で二人暮らしもそれはそれで楽しくやっていたけれど、やっぱり大勢の方が賑やかでいいわねぇ……』
「……あはっ! あははっあはははは! はははははは!」
一族解体とか、わりとサラッと会話に織り混ぜられた大事に椿は突っ込まなかった。
彼女はいつでも底抜けに穏やかで、どんなことも微笑みと共に語ってしまうから。
嬉しいこと、楽しいこと――そして恐らく、悲しいことや辛いことも、同じように語ってしまう。
あの、困ったような笑顔で。
ある日とつぜん弟に理由も告げず封印された。
1000年以上もの長い長い時間を、笛に閉じ込められて過ごした。
最初にそれをAから聞いた時、椿は悲しそうだとも辛そうだとも彼女からは感じられなかったけれど。
だけどそんなはずがないのだ。
悲しかったし辛かったはずで、こんな風に正気を保って穏やかに笑っているなんて本来あり得ない。
彼女は本当はどう思っているのだろう。
何を考えているのだろう。
弟のこと。この時代のこと。吸血鬼のこと。椿達のこと。
考えたところでAのことも当時の出来事も何も知らない椿には、答えなんて見つけようもなくて。
「あー面白くない」
椿はそれが、酷く憂鬱だった。
『ふふっ、椿は本当によく笑うわねぇ』
これから僕がしようとしている事を知っても、Aはこうして笑っているだろうか――?
そんなことを思ったら、椿はどうしようもなく胸が軋む心地がした。
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作者名:きー | 作成日時:2017年5月8日 3時