隣の松野家が今日もうるせぇ。

55、空気人間 ページ7

ふと、未だに目を覚まさないおそ松くんの顔を見てみる。


すやすやとした寝顔は傷だらけの体とは正反対にとても穏やかだ。


…どうしておそ松くんはあのとき、私を好きだなんて馬鹿なことを言ったのだろう。


もし、その言葉が本当だというのなら


一体どうして私のことなんか、好きになったのだろう。


りなも、なんで私のことなんか好きになったのだろう。


彼女はカラ松くんに腕を掴まれ、包丁を奪われ、どうすることもできなくなると


ただひたすらに涙を流していた。


どうして、とか、なんで、とか、ぶつぶつと一人呟きながらずっと泣いていた。


きっと彼女は、本当に私のことが好きだったのだと思う。


どうしても自分のことを見てほしかっただけ。


どうしても私と仲良くなりたかっただけ。


彼女も、本当は悪い子ではなかったのかもしれない。


おそ松くんを傷つけたのも、自分の望んでいるものを持っているのが羨ましかっただけなのかもしれない。


だからといって、彼女がしたことが許されるわけではないけれど。


…私のことなんて、気にしなければよかったのに。


私は、空気人間なんだ。


例えばそれはクラスメイトの顔さえ表記されないモブ


例えばそれは噂話をして通り過ぎるだけの人


例えばそれは何も話すことなく通り過ぎるだけの通行人Ａ


もしくは本当に存在しているのかさえも分からない透明人間。


昔は、どんなに頑張っても認識されないことが悲しかったし、悔しかった。


でも成長するにつれて、そんな感情はどこかに置いてきてしまった。


今じゃ、認識されない方が生きやすい。


面倒くさい人間関係も、テストも、仕事も、全部、何もかも全て、


空気人間である私には大して関係のないもの。


辛いことも苦しいことも悲しいことも何もない。


虐待とか、虐めとか、そんなのされてるわけじゃないし。


話しかければちゃんと話はしてくれる。


私に話しかけてくれることはないけれど。


遊びに誘えば一緒に遊んでくれる。


私はいてもいなくても変わらないから。


テストで悪い点を取っても誰にも怒られたりバカにされたりなんてしない。


誰も、私になんて興味ないから。


私は空気人間。


この世でずっと独りぼっちの人間。


それがどうした？


もう、悲しむのも、寂しがるのも、期待するのも、全部全部、とっくの昔にやめてんだよ。


今はただ、何も考えずにぼーっとして生きていきたいだけ。


それだけなのに。

56、過去編1　→←54、感情を知った人形は悲しみに暮れ涙を流す。

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す