其の料理人は唐突に 拾伍【食戟のソーマ】

貴「387話目ですがな」葉「幸平…？」 ページ22

「僕は遠月を、あるべき姿へ正しに来たのです」


騒然としている中、薊は淡々と言い放った。


「食の有権者達…その中の果たして何人が本物の美味という物を理解しているだろう？」





「'真の美食'…それは丁度優れた芸術に似ている」









「あらゆる一流芸術の真の価値は…品格とセンスを備え、正しく教育された人間にしか理解できない」


「その他の大衆は上流で決定された価値を有難がり、訳もわからず群がっている」




「'真の美食'もそういうものだ。限られた人間だけで価値を共有すべきものだ。それこそが料理と呼ばれるべきもの──」









「それ以外は料理ではない。『餌』だ」



その男の言葉は、美食家達を戦慄させるのに十分すぎた。


しかし、ここで言われてばかりではない。
それに対し何人か言い返す者もいた。


「ご高説痛み入るけど…貴方が何を仰ろうと詮無き事ですわ」

「そうよ！遠月を動かす権限は今の貴方には一切ないのだから！」


覚えているだろうか、秋の選抜で審査員を務めた……千俵なつめ・おりえ姉妹である。


「そうでしょうか？」



「血は確かに其処にある。そして教育もだ」




薊はえりなを一瞥した。彼女の肩が、大きく揺れる。


「さぁえりな…君に'料理'を教えてから十年を経た。君がどれだけ腕を磨いたか見せて欲しい」




「で…ですから！」

そっとえりなに近づく薊に、彼女を守るように慌てて間に入った緋沙子。


「飛び入りのお客様はお断りして──」







「テーブルがひとつ空いてるじゃないか」



薊の視線には、えりなの憧れの料理人の為の席。


「……あ…あの席は…………！」




「お、お父様！…あの席は……その…」


えりなの声を無視し、その席へと歩む薊。









ギシ…と音を立てた椅子。


「まずはワインのリストを」






憧れの料理人が座る姿を心の中で描いていたえりなの思いは、目の前の男によって呆気なく踏み躙られた。



「えりな」



「これ以上僕を待たせるのかい」









「父は空腹だぞ。早く何か食べたいな」


微笑む父親が、えりなには悪魔にしか見えなかった。




震えた声で返事をしたえりな。









突如、入口の扉が開いた。









「やっほー薙切ん！」



「席空いてるー？」


えりなは窄めた肩のまま、ゆっくりと振り返った。






「…A……さん………？」




「うん。Aだよ」

―――

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