第九十六幕 ページ2
いよいよ本番。
軽く速くなってきた心臓に手を当てて、大きく深呼吸をした。
「頑張ろうね」
肩にポン、と当てられた手に、振り返る事なく頷いた。
開演ブザーの音と共に、賑やかだった客席が一瞬で静まり返る。
たった三時間の練習。
それだけで、観客の前に立たなければいけない。
台詞の順番、配置、動き…全てを覚えきれた訳ではない。
普通なら絶対にありえないだろう。
だが、私は劇の丸々一つを、一晩で覚えたんだ。
私達は、舞台の上に飛び出した。
こちらを眺める観客の視線。
眩しいスポットライト。
つい先程に覚えたセリフを、まるで自分の言葉のように出していく。
だが、何かが違った。
主人公になりきれない。
軽く役作りをしたはずだが、どうしても感情移入が出来なかった。
若干焦りを感じ始めた頃、ようやく自分の幕が終わった。
楽屋に戻った瞬間、激しい動悸に襲われる。
他の人にも聞こえるかと思う程、耳に心臓の音が響いた。
「ちょっと、ねぇ、大丈夫？」
周りから誰かに声をかけられるが、返事を出来ない。
目の前が白と黒に点滅している。
必死に肺に酸素を入れようとして、今度は逆に吐き出せなくなった。
膝から力が抜けて、両手を地面につく。
誰か、助けて。
そう言いたかったのに、声が出ない。
誰も、私を助けようとしなかった。
「…っと、…だ！
息を吐くんだ！」
いよいよ意識が朦朧としてきた時。
ようやく耳に声が届いた。
勝手に動く肺を、必死に抑えようと息を吐く。
その声の主に体を起こされ、肩を支えられているのが分かった。
「そう、その調子。
大丈夫？何かあった？」
その声は聞き慣れた声だったが、頭が回らない。
点滅する視界は次第に落ち着きを取り戻してきた。
目の前にあるロナードの顔と、ばっちり目が合う。
「良かった…
ねぇ、大丈夫そう？」
はい。
そう言おうとしたのに、また声が出なかった。
それに気がついたロナードが、私に水を汲んで飲ませてくれた、が。
とうに落ち着きを取り戻しているはずなのに、声が出なかったのだ。
深呼吸をして、再び自分を落ち着かせようとするが、声は出ない。
時間ばかりが過ぎていく。
自分の出番が、刻一刻と近づいていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 73人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
海猫珈琲(プロフ) - お茶飲み隊・茶柱さん» 嬉しいコメント本当にありがとうございます！中々更新が遅れていますが、しっかり完結できるように頑張ります！ (1月21日 16時) (
レス) id: 2d7b04296e (このIDを非表示/違反報告)
お茶飲み隊・茶柱(プロフ) - 第五人格の小説の中でもダントツで読みやすく、ストーリーの構成が綺麗だと思いました…！！こんなに好きだと思えた作品あまり無いので出会えて嬉しいです！！更新、のんびり待っています (12月13日 17時) (レス) id: 97cc3b8ecb (このIDを非表示/違反報告)
3人の隊長と座長の剣士@自由浮上自由返信(プロフ) - 海猫珈琲さん» 無理をしない程度に楽しんでくださいね!こちらこそありがとうございます! (6月7日 8時) (レス) id: 7a2b30f834 (このIDを非表示/違反報告)
海猫珈琲(プロフ) - 3人の隊長と座長の剣士@自由浮上自由返信さん» お久しぶりです！長らくお待たせしました。これからは更新頻度どんどん上げていきますね！コメントありがとうございます。 (6月7日 8時) (レス) id: b2ab9dc6ab (このIDを非表示/違反報告)
3人の隊長と座長の剣士@自由浮上自由返信(プロフ) - お久しぶりです!久々の更新､大変嬉しいです!いやぁ今後の展開がすごく楽しみです! (6月7日 6時) (レス) id: 6196f83925 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：海猫珈琲 | 作成日時：2023年1月28日 11時
