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それから一週間、Aさんは別人のような日々を過ごしていた。
起き上がることはできなくても、白石や緋山とゆっくりではあるが会話をしたり、ベッドを起こして好きな本を読むこともできた。
本を持つ指は白く細く、痛々しさを感じる。
小さな顔────まだふっくらとした頬には、わずかながらに赤みが差している。
瞬きをするたびに睫毛がぴくりと動いて、長いなぁときれいな横顔を見ながら思う。
と、横を向いたAさんが、こてんと首を傾げたもんだから、小さく笑って何でもないと首を振る。
正直、こんな穏やかな時間が、過ごせるとは思わなかった。
そういえば、と思い出したように本から顔を上げた彼女が、細い手を懸命に手をのばして窓辺に置かれていた立浪草の鉢を指さした。
「……とっ、て」
「待ってろ」
そう言って鉢を手に取り、ベッドに備えつけのテーブルに置いてやろうとして、手が止まった。
「……これは…」
白い小さな鉢に、何本か植えられた立浪草────その鉢に、青いリボンがかかっている。
呆然としてAさんを見れば、にこりと笑って1枚の封筒をテーブルの上に滑らせた。
白いそれの表には、ときが来たら開けてくださいと、彼女がまだペンを持ち、字を書けていた頃に書いたのだろう、細いがきれいな整った字でそう書かれていた。
「…ラブレターか」
「ん…らぶ、れたー」
そのとき彼女が見せた笑みを、おそらく俺は生涯忘れることができない。
夕日に照らされて輝いた薄茶の髪と、涙で潤んだ瞳で見つめていた、彼女の一番の笑顔を。
その小さな頭を片腕で優しくかき抱いて、ありがとうと礼を述べた。
その日の夜遅く、昼間の元気が嘘だったかのように急変したとの報せがPHS端末から伝えられた。
俺を含む救命のメンバーが病室に到着したとき、Aさんは酸素マスクを外された状態だった。
「耳は聞こえていますから…呼んであげてください」
────それが、意味すること。
「なんで…昼間、あんなに元気だったじゃん…!」
「A、起きて。
…また明日も話そうねって、約束したよね…?」
「A…明日の朝も一緒に花の水やり、しよう?」
Aさんと歳が近い緋山と白石と冴島は、堪らないと言った様子でベッドで眠る彼女に寄り添う。
藤川もベッドのそばで必死に呼びかけている。
俺は、そこから一歩下がったところで突っ立っていた。
足が、動かないのだ。
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Koto(プロフ) - リクエストなんですが、shortstoryで三井先生が香坂先生を溺愛するお話が見てみたいです! (2017年9月23日 11時) (レス) id: e1c8bdc482 (このIDを非表示/違反報告)
うみ - 藍沢とくっつけてほしいです! (2017年9月1日 5時) (レス) id: 4dd38bd3ac (このIDを非表示/違反報告)
ayanel(プロフ) - あおいさん» コメントありがとうございます。リクエスト了解しました、短編で書かせていただきますね(*^_^*) (2017年8月24日 13時) (レス) id: 61d33ebdb1 (このIDを非表示/違反報告)
あおい - ずっと楽しく読ませてもらってます!伏線の張り方とか心情描写まで丁寧で引き込まれます。しかもネタもつきないしすごいですね!!リクエストなんですが、京先生が大阪の病院でモテて、白石先生がそれにちょっと嫉妬する?みたいなものが見たいです! (2017年8月23日 23時) (レス) id: c0afa0c28c (このIDを非表示/違反報告)
りな(プロフ) - 前作時にはコメ返ありがとうございました!4話読みました。歩那ちゃんの存在が気になります。香坂先生にとって良い刺激といいますか、そうなってくれるのが楽しみです!又短編立浪草のお話も読みました。一週間でも幸せだったのだろうと思うと凄く切なくて泣けました。 (2017年8月15日 1時) (レス) id: 68a6b7d888 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年8月8日 10時