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第参話 ページ5

浅い息が溢れる。汗が頬を伝う。
込み上がる吐き気を(こら)える。
刃の仕込まれた杖を強く握る。

其の動作の一つ一つに意識など向いていなかった。だが無意識かと問われれば答は否。全ては唯生きる為───生き残る為の本能、或いは生理的反射。

仲間の制止の声も最早(もはや)彼の耳には届かないだろう。彼───春畝兼定は初陣にして早々、此方を殺さんとする敵手の(きっさき)の前に立ち尽くす。

何故こうなってしまったのか。
何故オレだけ(・・)がこうなのだと春畝は酷く混乱し取り乱していた。
ばくばくと心臓が早鐘を打つ。真っ白になった脳裏に加州の言葉だけがぐるぐると回り続けていた。

「俺達の本丸の恒例行事として初陣は単騎出陣ってのがあってさ。いつもなら一振(ひとり)でなんとかしろって話なんだけど……ハルの場合活躍した時代的にも性質的にも実戦経験皆無に等しいでしょ?」、と。だから今回だけは五振で出陣する、と。

彼自身も其れに承諾し今に至るわけだが、いかんせん甘かったのだ。いくら実戦経験が無いとはいえ本物(・・)が四振、それならばなんとかなるだろうという考えが。

ああ、殺される。此の儘では。
そう考えると嫌な汗がじわりと滲んだ。
そんな事は真っ平御免だと(かぶり)を振る。
ならばどうすれば良い?答は簡単だ。

踵を返して走る。敵前逃亡だった。あまりにも無様。あまりにも無用心。無礼だと後ろ指を指され笑われようとも彼はひたすらに無我夢中に走る。なんで、なんでと譫言(うわごと)のように呟きながら。

「ば……ッ!ハル!!」

太刀を相手取る加州が吼えた。其の声で我に帰った春畝は反射的に振り返る。
刹那、彼の青い瞳が大きく見開かれた。

遠戦。弓兵が射る矢が真っ直ぐに此方へ飛んでくる。
間に合わない、避けられない。僅かに身をよじった春畝の脇腹へ其れは深々と突き刺さった。

「───ッつ、ぁ……!」

肺から絞り出すように空気が漏れる。声にならない悲鳴が響く。
傷口が熱い。「痛み」を「熱」と錯覚しているらしい。

固い地の感触を頬に感じ、自分が倒れている事に気付いた。道理で歴史修正主義者が此方を見下ろしている構図になる筈だ。

口を開く。浅い呼吸が漏れるだけ。
視界が黒と白にちかちか光る。


───ああ、オレ、死ぬのか。


ぼんやりした思考の中、漠然とそれを思う。
敵の打刀が鋒を振り下ろした其の瞬間、


白と黒の視界に鮮やかな赫が舞った。

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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時

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