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第拾漆話 ページ26

未だかたかたと音を立てながら蠢く敵の短刀を見下ろし、彼は手にした「春畝兼定」の柄を両の手で握る。

ゆっくりと掲げられた其れは陽の光を弾き、美しく、艶やかに白銀の光を散らした。まるで、こうして戦場で振るわれ、敵を屠る事を喜ぶ様に。

かたかた、かたかたと歴史修正主義者は地を這い「春畝兼定」から逃れようと身を攀じる。
翅を毟られた蝶か蜻蛉の様だと思った。じきに死する事が解っていて尚、飛べぬのに飛ぼうとする。
……生き絶える其の瞬間まで、生きようとする。

ぼろぼろの短刀の眼前で、振り下ろされた「春畝兼定」の鋒が止まった。後一寸(ちょっと)、刀を下ろすだけで歴史修正主義者は刃に貫かれ足掻く暇も無く破壊されるというのに。

恐怖。葛藤。ぎゅっと眼を閉じた彼は刃を構えた儘両膝を地に付ける。
怖い。怖い。自分が今、何をしようとしているのか。其れを思う度唯々、怖い。


刹那、僅かに足元の歴史修正主義者が首を擡げる。
「春畝兼定」の鋒が、彼の意に反して敵の体躯に突き刺さった。未だ浅い。息の根を止めるには、未だ足りない。

其の手応えが返って来た事に驚いた彼は思わず閉じていた眼を開く。其の青い瞳に映り込んだのは「春畝兼定」を首の根に刺しながらも、自らの咥えた刃を此方に向けて振るう小さな敵の姿。

「───痛ッ、……!」

其の刃が僅かに自分の手首を掠めたのが解った。急に熱を持った様に熱くなる。鋭い痛みと共に、其処から赫い物が滴るのが、解った。

反射的に彼は「春畝兼定」を両手で掴み、敵を地に縫う様に勢い良く突き立てる。
かたり、と音を立て歴史修正主義者が僅かに動いた。其れを最後に、徐々に輪郭がぼやけていく。静かに煙となって霧散していく。

ふっと力が抜けるのが解った。支えるものを失った「春畝兼定」が乾いた音を立てて地面に落ちる。
からん、と軽い音が鳴った。「春畝兼定」が鈍い光を放ち、其の鋒を赫く染めて地面を数度転がる音。


呆気なかった。本当に。
何を其れ程恐れていたのだと。
そう思える程には。
そう、錯覚(・・)する程には。

「───……は、っあ、ははっ……」

此れで良い。此れで。
彼には確かに、何かを殺める覚悟が───


───生命を「奪う」覚悟が有ったのだ。


引き攣った笑みが零れた。
がたがたと震える両の手をぼうっと見つめながら、彼は其の場に力無く座り込む。


終わった、と彼が俯いた、
……其の、瞬間だった。


「───ッ!ハル!」
「……え、?」

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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時

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