第拾肆話 ページ23
「……入っていい？」
「どーぞ」
そろそろと音を立てない様静かに横に滑る襖の隙間から、中の様子を伺おうと青い瞳が覗く。
寝具から上半身だけを起こした加州は恐る恐る部屋の中を見回す其れを一瞥すると、可笑しそうにくすくすと笑いだした。
「何？どうしたんだよ、ハル」
「いや……重傷って聞いたから。傷の具合が酷いようなら出直そうかなって思って。大丈夫？腕とか脚とか取れたりしてない？」
「取れてたら今頃俺は主がつきっきりの手入れコースだよ」
ひらひらと春畝の顔の前で手を振り軽口を叩く加州と春畝が顔を見合わせ、数秒の沈黙の後同時に噴き出して笑い出す。
なんとも穏やかな空気だった。溜まった鬱憤をぶちまける様にころころと表情を変えながら笑う春畝に加州はほっと息を吐く。
良かった、元気そうじゃん。
「そういえば傷は？もうだるくない？」
「お陰様で。もうほとんど塞がった」
笑い過ぎて引き攣った頬の儘、春畝は加州の投げ掛ける問いに応える。其の言の葉に嘘は含まれていない。未だ僅かに張った様な感覚は残っているものの塞がったと言っても問題はない。
そっか。そう加州が言葉を漏らす。
暫しの沈黙。時間にすれば三秒程だろうか。
不意に春畝が眼前に刀を置いた。
仕込杖の脇差が一振。
其れが
あのさ、聞いて。
春畝が加州の赤い眼を見て口を開いた。
加州は続く言葉を待つ。春畝の吐いた息がやけに部屋の中に響いた。
「……次の出陣、オレも付いてくよ」
有無を言わせぬ言葉であったように思う。
冗談じゃない、と言いかけて加州は其の言葉を飲み込んだ。此奴は本気だと、理解せざるを得なかった。
───何故冗談じゃないと問われれば、解る筈も無いのだが。
「前言ったよね。オレはアンタらとは違う。違うんだ。その言葉に、今までずっと甘えてきた。もう……それはやめる。だってオレ、」
加州の葛藤など気にも止めず春畝は滔々と語る。
淡々とした其の語り口は先程迄の春畝と別人とさえ言えるだろう。
嗚呼、此の。
少し強引で、
偶に力づくでなんとかしようとして、
優しい所が。
此方を見つめる眼と視線を絡ませる。
生意気そうな猫目。
吸い込まれそうで、澄んだ蒼空みたいな色。
もしかして此の子は───
「覚悟、決めたから」
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作者名：氷空 | 作成日時：2018年11月3日 21時
