その刀剣、───につき。 (ページ20)

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────の軌跡ページ20

未来というものは、自らの手で変えねばならないらしい。

歴史修正主義者の身体が煙の様に消えた其の向こうで、柘榴の瞳が大きく見開かれていたのが見て取れた。
眼前の短刀は自分が今どんな状況に置かれているのか理解できていないらしい。団栗眼(どんぐりまなこ)を何度も瞬かせ此方を凝視している。

たった今斬り捨てたばかりの骸が黒い靄で覆われ、煙となって霧散した。其れが消えて無くなるその瞬間まで俺(・)と彼の視線は交差した儘動く事はない。

鋒を伝いぽつり、と赫い雫が落ちる。其れだけが唯時間の進む証拠だ。時が止まったとさえ錯覚する長い永い沈黙が場を支配する中、俺達は互いに動けないでいた。

だが其れも直ぐに終わる。此方が太刀を横薙ぎに振るい血を飛ばした瞬間、張り詰めていた糸が弾けて切れた様に彼が飛び出してきた。

尻餅をつき眼を白黒させる乱藤四郎を背に庇い、すらりと鞘から短刀を引き抜いて鋒を此方に突き付ける。
その鋒は震えていた。その瞳は濡れていた。
嗚呼、やはり彼は。

「私(・)が恐ろしいか」

その問いにびくりと肩を震わせた彼が思わずといった仕草で口を開く。ひゅう、と空気が漏れる音。軈(やが)て震えた声が紡がれた。

「なんで、まだ……ッ！まだ(・・)誰も折れてないのに！喪ってないのに！なんでもう検非違使(あなた)が来るんですか！！」

悲痛な叫びだ。何度も終焉を突き付けられても、何度も絶望を味わっても尚、此れ程迄に抗えるのか。
其の言の葉に俺は口角を吊り上げた。此方を睨め付ける柘榴色を見下ろして、問う。

「まだ終わっていない(・・・・・・・・・)のだろう？」

想定外だったのだろう。彼は驚いた様に眼を見開いた。そして気が付いた。俺の言の葉が含む意に。

あれ程恐れた翡翠色が、もう何処にも無い事に。

あの時。そう、あの時だ。
最善を望んで何が悪い、と吼えた彼の言葉に動揺したのは真実だ。そして迷ったのも、真実だ。
此の侭で良いのか、と疑問にさえ思った。其処からは直ぐだったな。本当に簡単だった。
検非違使(わたし)が、もう二度と、使命の為に此の刃を振るう事は無いだろう。

故に俺(・)は情で動く。
私には出来なかった抗いを。今も尚延々と繰り返す歴史修正者を、今度は救う為に。

「……優し過ぎるのはどうかと思いますよ？」
「抜かせ」

───有ったかもしれない世界線。
此れは運命に抗う為に立ち上がった存在同士の邂逅である。