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第拾壱話 ページ17

意を決する。
周囲に誰も居ない事を確認し、襖へ手を掛け大きく息を吐いた。
ゆっくりと、確実に。襖を横に滑らせれば隠されていたものが(あらわ)になる。
瞬間、其の酷い有様を眼にし春畝は絶句した。

大きく引き裂かれた障子、何本もの刀傷が生々しく残る壁、赫黒い物が幾多も染み付いた畳。
几帳面な字で綴られた紙が部屋中に散らばり、その全てに埃が積もっている。

一日二日の放置では無い。障子も紙も黄ばんで古くなっており、積もった埃が長い放置を物語っていた。

「な……っ、んだよ、これ……っ!」

部屋全体を見回し絞る様に言の葉を吐く。
酷い有様だった。中で小さな嵐でも起きたかの様な惨状。何者かが暴れ回った様な荒らされ方だ。

荒らされてはいたが、何処か少しだけ生活感の見える部屋。だが其処に一切の気配がない。
まるで本来在るべき場所から切り離されている様な。唯静かに、唯永遠(とわ)に。
誰かを待ち続け、時の凍った場所だった。

驚愕と恐怖で開き切った瞳孔。肩で息をしながら春畝は思わず数歩後退する。
がくがくと膝が笑っていた。少しでも力を抜けば座り込んでしまいそうだ。

あの壁の疵は何だ?
───何を数えていた?
あの染みは何だ?
───誰の、赫だ?

恐怖、或いは畏怖。何方にせよ何にせよ、春畝の中にはそういった感情しか湧いて出てこなかった。
理由は解らない。検討もつかない。
唯々直感で感じ取る。

此処は、自分が見てはならない場所だったのだ。

落ち着け、と春畝は自らに言い聞かせ平常心を保とうと拳を握る。
何故、何故此れ程恐れを感じるのか。理由を探らねば成らない。

オレには知る権利がある。
オレには知る義務がある。

例えどれほど残酷な答えが返って来ようとも。
例えどれほど冷酷な応えが返って来ようとも。

唇を嚙み締める。じわりと滲む鉄の味には気付かないふりをして、春畝は真っ直ぐに視線を上げた。
此の景色を焼き付けろ。逃げるな、受け止めなければ成らない。

きっと。きっと此れはオレに課された使命なのだと。ずっとずっと奥底に仕舞われ埃を被った真実を蒼空の元に晒す事が。
「誰か」からオレに託された使命か、願いか。或いは其の全部だろう。

彼は荒れた部屋へと向き直り、瞼を下ろす。
もう存在さえしない(・・・・・・・)部屋の主の意図を組む様に。数分の間ずっと、黙祷の様に微動だにしなかった。


此の悲劇を、惨劇を、惨状を。
「忘れるな」と、
誰かが耳元で囁いた気がした。

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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時

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