第漆話 ページ13
数度目かの目覚め。
三度目の正直というわけか。漸く見慣れた木目の天井が眼に飛び込んで来た。
ぐるりと視線のみで周囲を確認し、此処が本丸であることを確認する。であれば手入れ部屋か自室。加州や大和守の姿がないあたり、前者の可能性が高い。
腕を動かしてみる。指を動かしてみる。
何方も正常な動きだ。大丈夫、問題は無い。
身体が訴える空腹と喉の渇きには気付かないふりをして、春畝は視線を彷徨わせる。手を伸ばして自分が寝かされた寝具を叩く。
物足りなさと、居心地の悪さを払拭するべく手を伸ばし、何かを探す春畝の枕元からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「寝ぼけているのかい？」
馬鹿にするような声ではなく、此方の身を案じる優しい声だ。半身を起こし向き合った春畝と同じ青い瞳が互いに互いを映し出す。
「改めて自己紹介といこうか。僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
「オレは春畝兼定。二代目兼定、通称之定の作。まぁアンタの兄弟みたいなもんだよ。ハルって呼んで」
おや、と言いたげに歌仙は片眉を吊り上げた。新入りが来たとは聞いていたがまさか同じ兼定派とは思ってもみなかったらしい。
数度言葉を交わした後、姿勢を正した歌仙はさて、と表情を引き締める。
「本題に入ろうか。君の身体の事だ」
そう言うと彼は足元に置かれた刀を手に取り、引き抜いた。其れは
傷一つ無い、鏡の様な刀身が困惑する春畝の顔を映し出す。
「和泉守からは既に報告を受けていてね。君の傷が完治していない、と。けれど此の通り、本体は直っている。傷は直るが治らない事なんて今迄一度も無かったんだ。君自身の不調か、手入れ部屋の不調か。何方にせよ、此れは異質な事だよ。僕も主も状況を把握しきれてはいないけれど、一先ず君は傷が塞がるまで出陣、演練、遠征は禁止にさせて貰う」
言い聞かせる様に、反論の間さえ与えずに立ち上がった歌仙は静かに言い放った。下を向き、寝具を両の手で強く握り締める春畝を見下ろし彼は形の良い眉を下げる。
「すまないね。顕現して直ぐこんな目に合わせてしまって。君が顕現してから二日ほど経っているが、本丸をあまり見回ってはいないのだろう？僕でよければ後日請け負うよ」
其の声と共に襖の閉まる音、遠ざかる足音が春畝の耳に届いた。下を向いた儘、彼は嗚咽を堪え乍額に寝具を擦り付ける。
「……オレ、なんで生きてるんだろう……」
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作者名：氷空 | 作成日時：2018年11月3日 21時
