君と 9

際限のない優しさ ページ16

「太一、おかえりなさい」


『ただいま、みお』



週末の夜、玄関を開けると三週間ぶりに会う大切な人。
変わらぬ笑顔にとても安心する反面、これから話すことが頭を過ぎり不安になるという矛盾を抱える。



「座ってて？ コーヒーがいい？」


『みお、飲み物は後でいいよ。隣に座ってくれる？』


「……うん」



リビングのソファ、太一の隣に座るとそっと抱き寄せられた。



『はぁ……会いたかった』


「私も……」


『あー…落ちつく』


「お仕事お疲れさま。昨日帰国したばかりなのに来てくれてありがとう」


『いいんだ、俺が早く会いたかったから』



ぎゅっ、ぎゅっと強くなっていく太一の腕の力。
私も応えるように彼を抱きしめて気持ちを固める。



「……太一、……話したいことがあるの」


『……』



すぐに返事は無くて、きっとこの数秒の間に、私の緊張が太一にも伝わっている。
太一の腕が静かに解かれ、私もゆっくりと体を離した。
不安げな瞳が私を捉える。



『あの話、だよな……』


「あのねっ、プロポーズの返事の前に私の話を聞いてくれる？」


『……』


「お願い……」



不安そうだった太一の瞳は、途端に優しい眼差しに変わった。
いつだってそう。
どんな時でも、私を優しく見守ってくれる。



『……わかった。聞くよ』


「ありがとう……」



なのに、ずるくて弱い私は怖気ずく。



これから伝えることが彼をどれだけ傷つけるのか、わかるから。
この優しい瞳を見つめることは、もうできないかもしれない。



誰よりも大切な人を、失ってしまうかもしれない……



『……みお？』


「………」



大きな温もりに包まれた私の右手。
そこに視線を落として、
彼の手を握り返して、
今度こそ心を決めた。



「隆弘と、会ったの。」



静かに目線を上げて、太一の揺れる切れ長の目を見た。



「ごめんなさいっ、ずっと黙ってたの。1月の会社の周年パーティーで偶然会って……それから、何度か会ってた。あなたに嘘もついて……」



事実を伝えながら、
痛む胸を押さえて、
頭を下げた。



傷ついてるのは太一。
私は今、大切な人を傷つけていると。



「……ごめんなさいっ」



『……みお、頭上げて……』



太一の落ち着いた低い声と同時に、私の前頭部に彼の手のひらの温もり。



その際限のない優しさに胸の痛みは増す一方だった。

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