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住居にあるダイニングテーブルで向かい合って座っていた。
紅茶はいつもと違うダージリンで、お茶請けはいつも通りのお皿いっぱいに乗ったふくろうの手作りお菓子で。
漂う空気だけは、何時もの暖かさは無く、ただただ冷たくて。
そんな静寂を切り裂いたのは、ふくろうだった。
「いつだったか、太宰くんに手を握られたことがあったが、その時、君もそこにいたね」
ふくろうがカップを持ち上げて一口飲んだ。
「いた」
乱歩は、端的に答える。
全て気づかれてしまったのなら、気づいてしまったのなら、もう後戻りはできない。
「私の異能力は、口に出した言葉のように、一度発動してしまえば二度と解除されることは無い」
「知ってる」
「そして、私の周りでは誰もが異能力の使い方を忘れてしまう」
「聞いた」
「私はね。太宰くんも、例外なく、異能力の発動の仕方を忘れると思っていたんだよ」
あと一口に残った紅茶を見つめながら、ふくろうは続ける。
「でも、彼の異能力の発動条件は、彼が触れることだ。私と同じように、異能力自体を意識的に使っているわけじゃない。条件さえ揃えば発動する異能力。だからね、太宰くんが私の手に触れていたあの一瞬。例えば、水面を掻いたら一瞬、水底が見えるように、あのときもきっと、私の周りでは異能力が使えていたし、君もそうであったはずだ」
「……」
「たとえ一瞬であっても、君が推理するには足る時間だ。そうであると私は思っていた。だけど、そのあと君は何も聞いてこなかったし、何も言ってこなかった」
カップに残った紅茶を飲み干して、空っぽの中を見つめた。
「君が眼鏡をかけていなかったからと云ってしまえば、君が何も云わなかったのは、納得できる。でも、私はそれだけではないような気がしてならないんだ」
テーブルにカップを置く音が、やけに大きく部屋に響く。
ふくろうは空になったティーカップに紅茶を注いだ。
「すべてに……君を守るための『嘘』に、君があの日、『気づかないふり』をしたことに、気づいたんだね。名探偵」
静かで重い空気が部屋に落ちる。
大皿に盛られた菓子の山は、一向に減らず、乱歩の前に置かれたティーカップの中身は、最初に注いで湯気が立ったまま。
相変わらず時計のない部屋に、無機質で規則的な音は無く、2人が黙ってしまえばこの部屋から音は消えてしまう。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時