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「最近の依頼は、直接的な表現がされるようになったが、オブラートに包んでた昔だって同じだったろう?昔の私が言葉を発したそのあとで、君たちが何をしているか知らないとでも?残念ながら、昔から私はそこまで無知ではないのだよ。この店には、本当に様々なお客が来るんだ。『様々な』ね」
そう言って、手元の『下巻』を引き寄せる。
「彼らはいろいろなことを話してくれる。私の知らないこと。知らない世界のことをね。私は、そんじょそこらの生娘ではないのでね。まあ、『娘』って歳ではないだろうがな。少なくとも、あれから13年もたっているのだから」
「……その本の依頼もそれぐらいでしたね」
「ああ。入荷するまでに9年。それからさらに4年だ。4年前までは、2日に1回は顔を出した常連は、一度も顔を出さない。さて、いつ取りに来るのやらね」
「……」
含みを持ったその言葉に、向けられる流し目に、安吾は居心地が悪くなる。
あのことを女が知るわけがないが、女の失われた記憶の実態について、女も特務課も何もわからない。
ふとした瞬間に知ることだってあり得るのだ。
口を開きかけて閉じ、それをごまかすようにため息を一つ。
「……云いたいことは終わりですか。なら、私は仕事に戻ります」
「ああ。よい休暇を」
ひらひらと手を振る女に見送られながら、安吾は店の外に出る。
察しが良いのも、頭の回転が速いのも、時には仇となる。
女の云う『常連』とは、誰のことを指すかはわかっている。
かつて、バーで偶然遭遇してしまったときに見た、あの二人の様子を思い出し、ため息を漏らした。
『任務だった』と割り切れるほど、あの関係は浅いものではなかった。
『早く取りに来ると良いですね』
厭味ったらしく云おうと思ったその言葉が、胸の中で渦巻いていた。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時