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「南区のビルの部屋にある棚の裏側に、A4サイズの茶色い封筒が落ちている。中身は彼の組織、『ユーピテル』の犯罪の証拠がある。それから、もう間もなく、彼の組織のリーダーは不慮の事故で死ぬ。構成員は、次期リーダーの選抜に争うだろう。それでユーピテルはほぼ壊滅状態に陥り、構成員の確保は容易にできるだろう」
淡々と、女の地声で語られる言葉に、安吾は間違いがないかしっかりと聞き届ける。
言葉を紡ぎ終わってからしばらくして、安吾の携帯が鳴った。
「はい、坂口………了解です」
電話口で告げられた必要最低限の情報に、安吾は必要最低限の言葉を返す。
「確認できました。ご苦労様です」
「思ってもないくせに」
笑いながら女が肘をつく。
「自分の潜入や、書類、部下の管理なんかと比べたら、私はただ言葉を紡ぐだけ。君の仕事と比べたらはるかに楽。なおかつ、私は生活を保障されたうえで、ここで自由に暮らすことができる。良いご身分だ、とか、思っているんだろう」
「はぁ……」
眼鏡のブリッジを押しながら、安吾はため息をついた。
「ですが、私の方が貴方よりもいくらか自由です」
「そうだね、だけど、『誰のせい』だと思っているんだい?」
低く、鋭い声だった。
張り付けられた笑みに、冷たい汗が背中を滑る。
「私はただ、君たちの『実験』に巻き込まれた『被害者』に過ぎないってことを、忘れないでほしいね。後先構わず、ただ、目先の成果だけを求めて、記憶も、忘れてしまった生活も、失った人間であることを」
「『忘れたもの』なんて不確かなものは求めることなどできませんよ。貴方が云っているだけの虚言の可能性だってあります」
「ああ、そうだね。私のこの感覚は私にしかわからないもので、君たちに証明するのは難しいだろう。けれど、君たちが今でも大切に保管している実験に関する資料と、私が管理する『白紙の文学書』に書かれた文は、変わらずにいつまでもあり続けている。それが証拠だ。それこそが、私に失われた生活と過去があることを指し示しているんだよ。まあ、他にいろいろと証明することはあるがね、論点がずれるし、何より坂口さんの胃をこれ以上責めるわけにもいかない。……坂口さんを責める必要もない。私はあなたに世話になっているのだからね。これでも感謝しているのだよ」
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時