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はぁ、と店の前で坂口安吾はため息をついた。
この店に来るのは、どうも気が進まない。
それは彼女自身にあり、自分自身の過去にある。
『特一級危険異能者』という、最も危険な異能力を、この世界の理そっくりまるごと変えてしまえるほどの異能力を保持しているくせに、やけに人間臭くて、あれこれこじつけたことばかり云い、無理難題をお願いしてくる彼女と会話するたびに、胃がキリキリと痛む。
かれこれもう何年の付き合いになるであろうか。
思い出すのも嫌なので、眼鏡のブリッジを押し上げながらそんな思考を吹き飛ばす。
扉の前でうだうだしていたって、ただ無駄に時間が過ぎていくであり、すなわち自分の睡眠時間を削ることになる。
抱えている紙袋の中身が、自分の仕事である限り、その任務を遂行しなければならない。
はぁ。もう一度ため息をつき、ドアを開ける。
カラン、カラン、と古ぼけたドアベルが自分の来店を告げた。
「いらっしゃい。おや、坂口さん。何徹目だい?ひどいクマだよ?」
何時ものように、カウンターの奥で本を読んでいた店主が顔を上げる。
安吾は、ため息をつきそうになるのを寸で出堪える。
『これ』が、特一級危険異能者とは到底思えない。
しかし、この、のんきに毎日読書にふけっている女の言葉一つで、このヨコハマを、世界を、壊してしまえるのは事実。
本当は見張りや狙撃兵が常に監視していなければならない存在である。
しかし、それがいないのは、それを本人が取引の条件に出したからである。
「頼まれていたものを持ってきましたよ」
「やあ、ありがとう。助かるよ」
カウンターに近寄りながら、鞄の中から紙袋に包まれた本を取り出した。
「それと、こちらも」
A4サイズの茶封筒を出せば、女は『またか』と深く息を吐いた。
「ああ、わかったよ」
女が茶封筒を取り、中の書類に目を通す。
その間に、ちらりとカウンターに広げられたものを見る。
長年愛用しているティーポットとティーカップ。バタークッキー。
『下巻』と書かれた本を見て、僅かに眉をしかめて、目をそらすように女を見る。
「……捜索していないアジトは?」
「上から三つ目の場所です。南区の」
「ああ、それならすぐに終わりそうだ」
書類に目を通し終わった女が、そう云って喉に取り付けられた『首輪』を取る。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時