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君たちは、『世界5分前仮説』と云うのを知っているかい?
知らなければいいんだ。きっとこれも失った記憶の気配なのだろう。
世界5分前仮説とは、簡単に言えば、この世界は5分前に作られたのではないか、というそのままの考え方だ。
5分より前の記憶は作られた記憶であり、植え付けられたものである、と。
そうしてこの世界は、5分前にできたのではないか。そういう仮説だ。
もし、この世界がそうしてできたものなのだとしたら、私は、その中で唯一、その5分より前の記憶が作られなかった人間になるのだよ。
13年前。私は13年分の成長を遂げた体で、13年分の記憶を失った状態で目を覚ました。
確かに私は13年間生きてきたという感覚があるのに、その13年分の記憶がない。
まるで、本当に5分前に『今の私』が作られたかのようにね。
最初の記憶は、白い部屋。その次の記憶は白い天井。
ベッドと机の他に何もない部屋だった。
後にやって来た白衣とスーツの連中に、『白紙の文学書』によって、違う世界から私は呼び出されたと告げられた。
だが、その『元の世界に居た頃』の記憶は無い。時折、その失った記憶の気配を感じるくらいで、思い出す様子はない。
その、『失った記憶の気配』の説明もしようか。
江戸川乱歩くん。私は君のことを、今の記憶が始まってから一度も見たことも、聞いたこともなかった。
昨日、あの場で、初めて出会ったんだ。
なのに私は、君のことを見たんだ私は君を見て、君が『江戸川乱歩』と云う名前で、甘いものが大好きで、傍若無人で、世界一の名探偵で、座右の銘が『僕が良ければすべてよし』ということを知っていた。
わかるかい?知らないはずのことを知っているんだよ、私は。
それが、生活している中でたまに起きる。
それから、さっきみたいに、無意識に口に出すこともあるし、行動に出ることもある。
これは、君たちに会うよりも前にあったことなんだが、とある客人に出会うなり、私は泣いたことがあってな。
云うまでもないが、私とその客人は初対面だった。
しかし、私はその人物がいつか死ぬと知っていて、今生きてそこに立っているのが、奇跡のように思えたんだ。それで、無意識のうちに泣いたようなのだ。
わかるかい?失った記憶の気配とはそういうことだ。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2020年11月30日 15時