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カラン、カラン、と鳴るベルの音に少女が顔を上げる。
「いら……なんだ、君たちか」
うんざりしたような、不機嫌な声が出る。
「以前から頼まれていた品が入手できた」
「ようやくか」
少女は立ち上がり、カウンターから出てその本を受け取った。
『下巻』と書かれた、どうも懐かしく、それでいて胸を締め付けるような寂しさを感じるそれを眺める。
「上巻と中巻もあるがどうする?」
「入荷願いを出したのは下巻のみだったが、そうだな、貰っておこう。彼の人を虜にした小説がどんなものか知りたいからな」
ようやく入荷された3冊の本を、少女は夢中で読んだ。
幸い客は来ず、カウンターの奥で、冷めきった紅茶を傍らに読み続けた。
上巻と、中巻だけ。下巻は、彼に聞いてから。
そう思って読み始めたはずだった。
気づけば、あっという間に二冊を読み終え、下巻に手を伸ばしていた。
怒られれば謝ろう。きっと、彼は許してくれる。そう、言い訳して。
1度目を読み終えて直ぐに、2度目を読んだ。
その本は、とても素晴らしかった。
だが、一つだけ欠点があった。
下巻の、最後に近い数ページが切り取られていたのだ。
殺し屋が殺しを辞めた理由を話すシーンの直前。その後がこの小説において最も重要なシーンだということは、考えずともわかった。
「これでは、入荷したということにはならないね」
ぽつりと呟いて、少女はページをめくった。
2度目を読み終えた時、既に刻は、青年と決めた閉店時間をとうに過ぎていた。
『Close』の札を出すために本を閉じ、外に出た。
いつの間にか雨が降っていた。
何かを悲しむかのように。
つぅ……と、静かに涙が頬を伝う。
流れる涙に、指先で触れて、濡れたそれを見つめる。
「何故だろうな」
廂からどんよりと暗く、黒く沈む空を見上げる。
流れ零れる涙とは裏腹に、頭はやけに冷静で、まるで、自分の中にいる知らない誰かが泣いているようだった。
あの日、夕焼けと青空の両方を持ち合わせた青年と出会ったときのように。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2020年11月30日 15時