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「ふっ。なら、いいよ」
笑った振動が、肩から伝わる。
熱い。
少女が眠たげに、下を向いていて良かったと、心の底から思った。
「なあ、どうか生と死の選択を迫られた時、生を選択してくれ」
「……何故だ?」
「どうもな……。こう、上手い言葉が見つからないんだが、おそらく、私が失った記憶に関係しているのだろうが……そうさなぁ……近い言葉で云うとすれば、君が死ぬと私が悲しむからだ」
「……」
青年は口を噤む。
薄々感じていた。そうなると予想していたが、いざ言葉にされると、何と返せばいいのかわからなかった。
「どうか私の店で、君が書いた本を売らせてくれ」
「何故、俺が小説を書きたいということを知っている」
それだけは、言っていないはずだった。
あの下巻のことと同じように、少女に伝えることはしなかった。
理由は予想できた。だが、話を逸らす意味も込めて、問いかけた。
「………」
少女の口が開いたまま、動きが止まった。
「扨……何故だろうなぁ」
そう云って少女は、天井を仰ぎ見た。
「何故だろう。私は、君と出会うよりも前から、私が記憶を失う以前の随分昔から、知っている気がするのだ。初めて会った時、私は泣いただろう?そのときと同じ感じだ。私は、君の夢が小説家になることだと知っている。その上で君の小説を読みたいと思っている。だがそれが一生読めないことも、わかっている。この世の誰も、君の小説を読むことがないことも。だが、同時に、君が小説家に確実になれるということも知っている」
「矛盾しているな」
「ああ、矛盾している。だが、そうだと思うのよ」
「……そうか」
少女の失われた記憶がそう云うのであれば、そうなのだろうと、青年は思う。
「どうか生きてくれ」
強く、少女が云う。
「どうか……」
譫言のように繰り返す。
眠いと云っていた通り、少女は青年の肩に寄りかかったまま眠っていた。
青年は、少女の目じりに浮かぶ涙をぬぐい、髪にキスを落とした。
きっと、その願いを叶えるという誓いを込めて。
いつか、自分の小説を少女に渡すことを決意して。
時を刻む時計は、この部屋には存在しない。
何もない静寂の中、青年は、眠る少女の顔を見つめ続けた。
それが、少女と過ごした、最後の時間となった。
その後まもなく____。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2020年11月30日 15時