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風呂につかりながら、青年は見慣れた天井を見上げていた。
もはや、勝手知ったる場所になっていた。
9年も通い続ければ、店主と客という枠組みはきれいさっぱり消え去っていた。
お互い、知らないことは無いのではないかというほどに、自分のことを話している。
記憶のこと、異能力のこと、身の上話。
何度、転がり込んだか知れない。何度、住居区域に踏み入ったかも。何度、共に食事をしたかも。何度、お互いの踏み込んだ場所にあることについて話したかも。何度、泊ったかも。
密かに思いを寄せるあの少女の手料理は、徐々に青年好みに変わっていったし、この住居区域に置いてある青年の服も、徐々に増えていった。
少女と青年の距離は次第に近くなっていったが、青年は、少女の『それ』は寂しいからだと知っていた。
最初の客であり、唯一の話し相手。自分をわかってくれる人で、店の次にできた拠り所。
少女が、青年に甘え、依存する理由は理解できる。
青年は、それでよかった。
長年の片思いは、叶うはずないのだとわかっていた。
そうであればいいと思っていた。
けれど、少女の寂しさを埋める人物が、自分であり続けて欲しいと願っていた。
矛盾した二つの思いを抱えながら、少女に会いに、この店に来る。
バシャッ、と、馬鹿馬鹿しい思考を飛ばすために顔に湯をかける。
何度この思考を繰り返すのか。
風呂から出れば、少女はソファの上に足を引き寄せ、その膝の上にカウンターの奥で読んでいた本を置き、その続きを読んでいた。
出会ったときからあまり成長していない、小柄な体。わずかに覗く日焼けを知らない白い首。ページをめくる細い指。本を支える足。丸められた指先。掛けられた髪から覗く耳。
舐めるように視線が動くのに気づき、青年は視線を逸らす。
そうして見つけた飴色のローテーブルの上には、温かな湯気をたてる珈琲が置いてあった。
青年はブラック。少女はミルクと砂糖のたっぷり入ったカフェオレ。
「店は良いのか?」
少し驚いたようで、肩がピクリと震える。
「ああ。君がお風呂に入っている間にcloseの札を出してきた。この雨だからね。今日はきっと、客はもう来ない」
本から顔を上げて、少女が答える。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2020年11月30日 15時