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少年は思う。『名前がないとは、どのような感覚なのだろう』と。
自分には名前があり、それは他人も同じである。
ならば。と、少年は自分にはないが他人にあるものについて想像してみた。
真っ先に思い浮かんだのは、以前、会ったあの少年と武芸の達人。
「うらやましい……のか……」
ぼんやりと、そんな答えを出した。
名前とは他人からもらうものであり、改名しない限り一生消えない繋がりである。
自分につけられた名前を思い、考える。
立ち上がって、読んでいた本を戻し、そのまま背表紙を眺める。
自分が、あの少女との繋がりを持っていいのだろうか。
汚れている自分と、純粋無垢な少女。
自分が本を求めていなければ、彼女が店を開いていなければ、出会うことのなかった相手。
生きる世界も違う。
見る世界も、見てきた世界も違う。
そんな彼女と、自分が……。
どれほどそうしていただろうか。
「ああ、よかった」
そんな声が、いい香りと共にやってきた。
「何が『良かった』んだ?」
「君が、帰っていなくてさ。少し多めに作ってしまったから、もし帰っていたら消費に困る」
少女が、少年の隣に並ぶ。
少女が言った『理由』は嘘だろうと、少年は思う。
ただ、1人残されてしまうのが寂しいのだろうと、根拠のないことを考える。
「何か気になるものがあったのなら、貸し出しもするが?」
「そこまで世話になるわけにはいかない」
「そうか。なら、また来てくれ。楽しみに待っているから。……と、その前にだ。咖喱ができたよ。冷める前に食べよう」
「そのことなんだが」
と、少年は、少し言いづらそうに告げる。
「良い名前が思いつかない」
「なら、思いついたときに」
そう言って、少女は少年の手を引く。
が、少年はその少女の手を振り払う。
少女は、少し困ったような顔で『すまない』と謝った。
『すまない』と、少年も言いそうになって留まる。
誤解するなら、したままでいい。汚れた私に、綺麗なお前が触れないように。
「そういうわけにはいかない」
「なら、願いを変えよう。名前を付けるのは私ではなく、この店に」
少年は黙り込む。少女は、少年を見つめる。
断っても、少女はまたいつものように些細な頼みごとをして、自分を引き留めるだろうと思う。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2020年11月30日 15時