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ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン。
やがて、壁に取り付けられた時計が時を告げる。
パタン、と少女が本を閉じて顔を上げると、少年も同様に本を閉じて顔を上げた。
「もう、五時か」
「そうだね」
少年のつぶやきに、少女が頷く。
「お腹は空いているかい?」
「……ああ」
少女の問いに、少年が少し迷ってから頷く。
「今日も、食べていくかい?」
「……」
少年は答えなかったが、少女はティーセットをお盆にのせて立ち上がった。
「そうだな……今日は、君に私の名前を付けて欲しい」
「名前?」
いつの日からか、夕食をご馳走するお返しに、少年は少女の願いを一つ叶えることが、2人の間にできた暗黙のルールになっていた。
棚の修理だったり、部屋の片づけだったり、ちょっとしたお使いだったり。
その時によって出される『願い』は、些細で、様々なものだった。
けれど今までにない今回の『願い』に少年はわずかに動揺する。
この数年、この店にも、この店主にも、『名前』がついたことは無かった。
少年は少女の名前を呼ぶ必要はなかったし、この店の名前があってもなくても不便はなかった。
少年は、少女が『名前』というものに頓着しないのだと思っていた。
欲しくなれば、呼んでほしければ、そのうち自分で考えて、いつも唐突に願いを告げるように、唐突に名乗るのだろうと、そうして呼んで欲しいと願うのだろうと思っていた。
「俺が決めて良いのか?」
「君に決めて欲しいんだ」
そう言って、少女は悲し気に微笑んだ。
「君がこの店に来ることが無くなっても、君がこの店に来ていた証拠が残るように。今日は咖喱だよ」
そう言って、少女は奥の、住居の方へと消えて行ってしまった。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2020年11月30日 15時