ウタカタノオト3 (ページ8)

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会場の場所などを確認した私たちは、宿泊するホテルへと移動した。

ホテルには次々と選手関係者が到着していて、その流れに乗るようにして私たちも荷物を手に歩みを進める。

今回は今までと違って、さっとんと羽生さんという顔見知りがいる。
もう来ているのかな、と辺りを見渡しつつ中に入ると、当人と目が合った。

何か反応があるかと思ったけれど、どこかぼーっとしている気がしたので、コーチがチェックインを済ませている間に自ら話しかけにいく。

「お久しぶりです。羽生さん」

私だと分かると、彼は小さく手を振った。

「ねぇねぇ、Aちゃんのルッツはどこ行っちゃったの？」

「へ？」

「フィンランディア。トリプル跳べなくなった？」

馬鹿にするような、というよりは、本当に素で言っているかのような声色だった。

「……会って一言目がそれですか？」

あの演技を観られていたら、と懸念していたことがもう起きた。
しかも全く想像通りのコメントだ。ぐうの音も出ない。

「ほら、せっかくのデビュー戦だったから観なきゃって思ってさ」

「デビュー戦も何も、私自身納得できてない演技だったので、何かを言われるまでもないかと」

「いやすごいメンタルだよそれ」

「羽生さんほどでは」

「俺？俺はメンタルそもそも強くないから」

笑い飛ばすようでもなく、淡々と話す彼にどこか違和感を覚えた。

何か、前に会ったときより大人しめな羽生さんだ。
まあ普段と試合前のテンションが違うのは当たり前か。

「てか、今回はさすがに組み込むでしょ？ルッツとフリップ」

「そのつもりです。試合で降りるために練習したので」

「いいね。頑張ろ」

夏にトロントで交わした以来のグータッチは、勝負事が近づいていることを予感させた。