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「A」
「はい」
「お前1番だろ」
「……あ」
他の選手に紛れてリンクから上がろうとするAを引き止める。
まさかの1番滑走を引き当てたAは、その役割や難しさを理解していなかった。
そういえば滑走順が決まった瞬間も「ああ1番ね」とすんなり受け入れた様子でのらりくらりとしていた。
6分間練習から出番までの間に休みが入ると勘違いしたのだろうか。
練習時間終了のアナウンスが入ってから他の選手同様、エッジカバーを俺から受け取ろうとしていたし。
ちゃんと伝えたつもりだったのだが、実際全く伝わっていなかったらしい。
まあ6分間の調子は良かったし、今の状態でそのまま本番に挑めるから、この際どうでもいいと言えばどうでもいい。
「軽く屈伸しとくか?」という問いに頷いたAは、フェンスに手をかけ膝を深く曲げた。
再度立ち上がって俺を見上げるA。
スケート靴を履いたままリンクの上にいるはずなのに、俺より遥かに背が低かった。
「お前身長いくつだっけ」
「150はありますよ」
「小せえな」
「今更何言うんですか」
確かに。
練習で散々この光景は見ているはずなのに、なぜか改めてそう思った。
でも正直、今日まで比較的いい練習を積めているAに、もう技術云々のことで言えることはほとんどなかった。
調子は確実に右肩上がりで来ている。
あとはAが、そのままここにいる全員に演技を届けるだけなのだ。
Aの名前を呼ぶと、返事がきた。
「ジャンプは締めるだけ。スピンは大きく入るだけ。それだけ意識してくれれば、あとは自由に楽しく動いてどうぞ」
その言葉を受け取ったAは拍子抜けしたような様子だったが、名前がコールされる直前に、決意を持った表情で「はい」と笑った。
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作者名:たこやき | 作成日時:2023年3月11日 12時