ウタカタノオト3 (ページ15)

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そして、今懸念すべきはルッツだ。

羽生が4回転ルッツに挑んだとき、瞬間的にマイナスなイメージがよぎった。

これをAががっつり見てしまったら、必ずAのルッツジャンプに支障が出る。

咄嗟にAの名前を呼んだものの、Aの視線はあいつを捕らえて離さなかった。

俺のしたことは、時すでに遅しだった。

「棄権するだろうな、あいつ」

「えっ？」

「あの感じだと多分重症。オリンピック控えたこの時期だから、ここで無理するのは得策じゃねえ」

Aはただ呆然としていた。

本当は、“あいつなら大丈夫”とでも言おうか迷ったんだが、どう見ても大丈夫じゃない様子だったのはAも分かっているだろう。

変に気を使うようなことは言うべきじゃないと、俺は思った。

でも。

「安心しろ。あいつはオリンピックが全て、みたいな考えのやつだ。簡単にオリンピックを諦めるようなやつじゃない」

教え子の心が揺れるほど、羽生は相当影響をもたらす存在だ。

Aに言ってやれるのは、やっぱりこの言葉だった。

「すぐ這い上がれる。あいつなら大丈夫」