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勤務終了の2時間ほど前。
「ヨハネスさん本当にいい人だよねえ」
「ほんと、マジいい人ー」
「でもなんで定職じゃなくてここのバイトなんだろう」
それな! の大合唱。
そして大きな笑い声がする。
バイトの休憩に上がったところで、まさかこんな話を聞いてしまうとは思っても見なかった。
こんな話と言っても自分の話なのだが。
私だって定職に就きたいし、もう少し割の合う仕事がしたい。
深夜の酔っ払いを追い払ったり若いヤンキーくさいお兄ちゃんの迷惑行為を注意したり。
それら全て、唯一男で夜勤が出来る私しか行っていない。
まあ、女性に被害が及ぶよりははるかにましだ。
逆ギレされて力強く引っ張られた二の腕には、まだ跡が残っている。
ため息をつきながら、バックヤードの関係者専用の部屋の扉を開けた。
「あ、お疲れ様でーす」
「いやー今日も大変だったねえ」
「……いえ、大丈夫ですよ。いつもよりは迷惑行為がありませんでしたし」
「それなー。なんか最近、あのヤンキー達ちゃんと言うこと聞くようになったよね。ヨハネスさんパワー?」
まるで手から謎の力を放出するような動きをすると、他の二人もケラケラと笑う。
完全に疲れ切った私はそれに力なく笑うことしか出来なかった。
さっきまで廊下に聞こえていた会話の内容について、私に尋ねることもなくバイトは終わりを迎える。
帰り道。
歩いて帰る途中、ふと、曲がり角のミラーを見た。
映っているのは、歪んだ私の顔と周りの風景だけだ。
私は今、何をしている?
何のために生きている?
何のために、もう一度生まれた?
尽きない疑問の答えをぐるぐると考える度に、何かを思い出しそうで思い出せなくなる。
この世で生きていくためには、周りにとって迷惑ではない人間を演じなければならない。
しかしそれは本当に自分なのか。
私は、本当にそれでいいのか。
ただその言葉だけが堂々巡りしていた。
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