episode 48 ページ3
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坂田さんの部屋の縁側から見る月は本当に綺麗で、美しいという表現がぴったりだ。
月光に照らされる坂田さんの横顔も、同じくらい。
「そんな見てどうしたん?飲む?」
酒の入った盃を差し出してくる坂田さんに慌てて首を振る。坂田さんは微かに笑って、また一口飲んだ。
「飲みたくなったらいつでも言うんやで。てかお前普段から飲むん?」
「あんまり飲まないですね。人前で酔うのに抵抗あって……うっかり変なこと口走りそうですし」
「ふーん。口走ったらまずいこと、気になるな」
流し目で視線を寄越してきて含みのある笑みを浮かべる。
教えてと頼まれたわけでもないのに、話さなければならないような気持ちが駆り立てられて、口を割りそうになった。
「……坂田さんって、お酒みたいですね」
「はっ、なんやそれ。どーゆーこと?」
「いえ、忘れてください」
「そうか。まあ酒は好きやしええけど」
「悪い意味ではないですよ」
「わかっとーよ」
お前なんやからと優しく笑う。信頼が嬉しくて、でも気恥ずかしくて夜空を仰いだ。
隣で坂田さんも同じように夜空を見上げる。
「月、綺麗やな」
ふっと呟くように坂田さんが言った。
――咄嗟に“I love you”が頭を過ぎる。昔、ある人がその言葉を訳すのに「月が綺麗ですね」と婉曲的に表したとかいう。
坂田さんがそれを知っているかは謎だ。けれど好意を持たれていることを自覚しているためか、その意味にしか聞こえない。
違う……よね。
「ですね。綺麗です、今夜も」
息を呑む音がした。
坂田さんを見ると、暗くて分かりにくいけれど、端正な顔が少し、髪色のような赤に――
手を重ねられる。室内の方に押し倒されて、坂田さんが覆いかぶさってくる。
視線が交わる。指を絡め取られ、逃げ場はない。
夜を照らす光が薄れ、完全に月が雲に隠れる頃、坂田さんの顔が近付いてきた。
そして私の側に横になる彼。
「抱きしめさせて」
腕が伸びてきて、坂田さんの香りに包まれる。
私の耳を塞ぐような抱きしめ方をして、坂田さんは頭の上で囁く。
「好きや。A……愛してる」
聞こえているその想いを、聞こえていないふりをする。
坂田さんの用意してくれた逃げ道に逃げ込む。
坂田さんは優しい。優しいから、ずるい。
無理やりにでも奪おうとしてきたなら、彼を嫌いになれて、この腕も、振りほどけるのに。
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む-む(プロフ) - 更新ありがとうございます!いつも楽しく読ませてもらってます…!今後も応援しております! (2月5日 22時) (レス) id: e45905575c (このIDを非表示/違反報告)
蟹汁(プロフ) - 最新話とても楽しみにしておりました…!更新嬉しいです! (1月9日 13時) (レス) @page19 id: 1d876901a1 (このIDを非表示/違反報告)
yume(プロフ) - すごくドキドキする楽しい作品です!更新楽しみにしてますー! (10月28日 13時) (レス) @page18 id: af9fca39eb (このIDを非表示/違反報告)
きゆか(プロフ) - 更新楽しみにしてます…!いつか続きみたいなって思ってます…!! (2022年10月31日 0時) (レス) @page18 id: 1051f9e52c (このIDを非表示/違反報告)
みこ - 更新頑張ってください!大好きなお話です! (2022年10月22日 16時) (レス) @page18 id: 2aca8cdc1f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ノア | 作成日時:2020年8月27日 14時